第3話

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 003_特産品作り

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 父ベックの死によってフォルバス騎士爵家を継ぐことになったロドニー。

 フォルバス家の財政は破綻しており、とても酷い状態だった。このままでは領地経営などできないと考えたロドニーは、特産になる産業を興すことを決意した。


 村でたった1軒しかない鍛冶屋に頼んで、工具をいくつか作ってもらった。さらには、かなり大きな鍋も作った。

 雑貨屋では10リットル、この世界では5メスほど入る壺を大量に買い込み、赤い布も買った。

 工具を作ってもらうのに数日かかったが、準備が整ったロドニーは非番の兵士を招集した。


 フォルバス家の兵士は、ラビリンスに入って上納用の生命光石を集める2部隊、領内の巡回や警備、事件の捜査をする2部隊、非番の1部隊に別れる。

 ロドニーは非番の兵士を招集して、東の森に入った。非番だが兵士たちは嫌な顔もせずに集まってくれた。ロドニーは父の見舞金から費用を捻出して手当を出そうと思った。


「これが良さそうだな」


 それはガリムと呼ばれる樹木で、東の森に自生している樹木の多くがこのガリムで占められている。


「これはガリムではないですか。こんな木で何をするですか? まさか、伐採して木材を売ろうと思われているのですか?」


 非番の兵士を引き連れてきた割にはありふれた木に案内したためか、ユーリンはちょっとつんけんした物言いだ。


「まあ、見ていてくれるかな」


 兵士たちが背負った袋からドリルを取り出し、それで木に穴を開けていく。直系1センチ、この世界では0.5セルームほどの穴を、5セルームほどの深さまで開けたら、そこに金属製のストローのようなものを差し込んだ。

 このドリルとストローは、村の鍛冶屋に頼んで作ってもらったものだ。急ごしらえで作ってもらった割にはよくできていると、ロドニーも満足している。


 ストローは、差し込むほうが平坦になっていて、木の外に出るほうの先端は尖っている。その尖った先端の下に壺を置いて、ロドニーはしばらく待った。

 するとストローの先端からポトリッ、ポトリッと樹液が壺の中に落ちた。


「ロドニー様。樹液を採取して何をする気なのですか?」

「この樹液を集めて煮詰めると……」

「煮詰めると?」

「できてからのお楽しみ」


 ユーリンは拍子抜けした。ロドニーは幼い時から人を煙にまく性格だったが、今回もそうだと嘆息する。


「はい。注目!」


 険しい表情をするユーリンをよそに、ロドニーは兵士たちに注目するように声を張った。


「今、俺がやったように、木に穴を開けて、この金属の筒を差し込み、その下に壺を置いてもらう。穴の深さは5セルーム、このドリルの赤色の印があるところまで開けてほしい」


 穴を開けて、筒を差し込み、壺を下に置いて樹液を採取する。さらに目印として赤い布を木に巻き付けたら、日当として小銀貨5枚を支払うとロドニーは言った。たったそれだけで小遣い稼ぎができるのだから、兵士たちは喜んだ。


 この国の貨幣制度は、価値が小さいものから小銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨とあって、それぞれ10枚で上の貨幣と同等の価値になる。

 大都会の王都で4人家族が暮らすのに、1カ月当たり小金貨1枚と大銀貨5枚が必要になる。

 フォルバス家が治めるのは辺境のガルス村なので暮らしに必要な金額は少なくなって、兵士たちの月の給料は小金貨1枚。それとは別に日当がもらえるのだから、兵士たちにとって美味しい話であった。


 翌日、別の非番の兵士たちと共に、また新しい壺を設置した。昨日とは違うことは、すでに設置してあった壺を回収する作業があることだろう。

 昨日設置した壺には樹液がかなり溜まっていた。ロドニーは樹液をこぼさないように蓋をして、兵士たちと共に持って帰った。


 家の庭に石を積み上げて簡単な竈を作ったロドニーは、鍛冶屋で作ってもらった大きな鍋でガリムの樹液を煮詰めた。焦がさないように常に混ぜる作業はかなり大変だが、甘い匂いが徐々に強くなってきた。その匂いに誘われるように妹のエミリアが家から出てきた。


「お兄ちゃん、それは何をしているの?」

「出来たらエミリアにも食べてもらうから、それまで待っててな」

「食べ物なの? 楽しみだわ。ユーリンもそうでしょ」

「私にも食べさせてもらえるのですか?」

「もちろんだよ。ユーリンも食べて感想を聞かせてほしい」


 ユーリンはロドニーが作っているものが何か分からないが、先ほどから甘い良い匂いがしているのでとても楽しみになった。

 2刻(4時間)ほど煮詰めると、水分がかなり飛んで体積は10分の1ほどになった。木べらを上げるとトロリと滴る粘度の高い液体は、元々は透明だったが琥珀色に変わっている。


「エミリア。テッコを切って持ってきてくれるかな」

「テッコを切ってくるの? 分かった」


 家の中に駆けこんだエミリアは、すぐにテッコを持ってきた。

 ロドニーが治めるガルス村はニカシ(前世の記憶にある小麦のようなもの)の栽培には適していない地域のため、生産している穀物はシシカム(大麦のようなもの)とザライ(ライ麦のようなもの)になる。テッコ(パンのようなもの)はザライの粉を焼き固めたものなので、硬くてパサパサしていてあまり美味しくないが、主食としてどの家庭にもあるものだ。

 そのザライテッコに煮詰めたガリムの樹液をつけてエミリアに渡す。


「食べてごらん」


 エミリアは琥珀色の樹液が載ったザライテッコを見つめて、意を決したように頬張った。2度、3度咀嚼したエミリアの目が見開かれた。


「お……美味しい!」


 ハムッハムッハムッと、エミリアには珍しく大きな口を開けて食べる。


「ほい、ユーリンの分だ」


 ユーリンもガリムの樹液が載ったザライテッコを頬張ると、目を見張った。


「ななななな、なんですか、これはっ!?」


(フフフ。女の子が甘いものが好きなのは、前世でも今世でも同じだな)


 前世の記憶ではメープルシロップと呼ばれるそれは、甘味などが乏しいこの世界ではとても美味しいものだった。この世界にも砂糖はあるが、それこそ富豪や裕福な貴族でなければ口にはできない。

 ロドニーはこの液体をガリムシロップと命名して、売り出そうとしているのだ。幸いなことに、東の森の地権者は領主であるロドニーであり、そこに自生しているガリムはかなり多い。


「美味しいだろ?」

「「うん、美味しい!」」


 エミリアとユーリンの頬が緩みっぱなしだ。それほどガリムシロップが美味しいということだろう。


「これを売ろうと思う。砂糖よりも安くすれば、売れると思うんだけど、どうかな」

「これは売れるよ、お兄ちゃん!」

「そうだぞ、これは売れるぞ、ロドニー!」


 ユーリンは従士という立場を忘れ、昔のようにロドニーと呼び捨てにしてしまったことに気づかない。


「「おかわり!」」

「おいおい、夕食が食べられなくなるぞ」

「「構わないわ!」」


 2人は2回もおかわりをした。日頃は鋭い視線を緩めないユーリンだが、女の子の素が出てしまい頬が緩みっぱなしだった。


「樹液を集めるのはそこまで重労働ではない。煮詰めてガリムシロップにするのも、根気は要るけど難しい仕事じゃない。だから村の未亡人たちにしてもらおうと思うんだ。どうかな」

「それはいいですね! 未亡人たちは収入が少なくて大変ですから」


 戦争が普通にある世界なので、ガルス村でも夫を戦争で亡くしてしまった未亡人はそれなりに多い。もちろん、他の理由で未亡人になった者も多い。

 そういった未亡人たちでも、ガリムシロップ作りはできる。特別な技能は必要なく、やる気と根気があれば誰でもできる仕事だとロドニーは思っている。


 すぐに未亡人が集められて、ガリムシロップが振る舞われた。未亡人たちはガリムシロップを口にして、その甘さに歓喜した。

 タイミングを見計らったように、ロドニーがガリムシロップを生産して売ろうと考えていると話した。そして、未亡人たちにその生産を頼みたいと言うと、未亡人たちも働き場ができて助かると受け入れた。


 1カ月もすると未亡人たちのやる気のおかげでガリムシロップの生産は軌道に乗り始めた。多くの未亡人が森で樹液を採取し、それを煮詰めて壺に詰めるまでを行う。


 森の管理については、狩人と木こりにも協力を仰いだ。

 樹液を採取すると最初は良くてもいずれは樹液が出なくなる。だから、森を知り尽くしている狩人と木こりに樹齢の高いものを教えてもらって、そういったガリムから樹液を採取するようにした。


 樹液が採取できない古い木は伐採し、薪にしてガリムシロップ作りに使った。その後には植樹するようにしている。そうやってガリムの樹液を継続的に採取できるようにしたのだ。


 また、肉食獣が森で未亡人たちを襲わないように、狩人にはしっかりと見回ってもらった。そうやってガルス村のガリムシロップ生産は規模を大きくしていった。


 忙しくしているロドニーの前に、とうとうやって来るべきものがやって来た。メニサス男爵が送ってきた借金取りだ。テトスという四〇過ぎの中年で冴えない容姿だが、ニタニタして気持ち悪い男だ。


「フォルバス殿。代替わりをされ、祝着にございます」


(何が祝着だ。人の親が死んだことが、そんなにめでたいのか!?)


 その言葉だけでも借金取りがフォルバス家をバカにしているのが分かる。しかも、テトスはメニサス男爵ではないのに、ロドニーのことを「フォルバス殿」と呼んだ。貴族でもない者が、貴族を「殿」と呼ぶのは失礼この上ないことだ。そのことに怒りを覚えたロドニーだが、借金をしている側なので怒りを呑み込んで笑みを作った。


「早速ですが、利子の分をお支払いいただきたい」


 証文をヒラヒラさせて失礼な態度を取るテトスに、ロドニーは冷静に金額を確認した。借金の利子返済のために、ロドニーは王家から下賜された父親の見舞金に手を付けた。

 すでにガリムシロップ作りの経費を見舞金から捻出しているため、今回の利子を支払うことですっからかんになった。


「たしかに。いつもこのようにお支払いいただけると、こちらも助かります」


(返済の金を用意するのに、父がどれだけ苦労していたかと思うのか。悔しいが、ここで感情をぶちまけても状況は改善されない。我慢だ、我慢しろ俺)


 借金取りが乗った馬車が敷地を出て行くのを拳を強く握り、奥歯を噛み、眉間にシワを寄せて窓から見つめた。


「もう金がない。クソッ」


 頭が痛い現実がそこにあった。


「ガリムシロップが売れなければ、この家は本当にお終いだ」


 自分が進めてきたガリムシロップ生産だが、売れるかは未知数。もちろん、売れると信じてやってきたが、売れなかったときは首吊りものだ。危機感をひしひしと感じ、やらなければいけないと決意を新たにする。


 

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