第4話 五十年前

 遠足の日の昼下がり。お弁当を食べ終えた私たち小学六年生は、二人一組になって近くの山で山菜取りをすることになった。組は男女別の名前順で決められ、私は佐藤さとうさんと一緒になった。

「遠くには行かないようにね」

 先生の話を聞き終えないうちに、男子の何組かが山に入っていった。

 山はよく整備されていた。分かりやすく山道には赤と白のペンキで目印がつけられていたし、所々に行く先を示す看板が設置されていた。これなら道に迷う心配はなさそうだった。

 佐藤さんとはそれまであまり話したことがなく、仲の良いクラスメイトというわけではなかったけれど、先生から配られた山菜図鑑を二人で覗き込みながら、ここに生えているのは○○かな、なんておしゃべりをしているうちに自然と仲は深まっていった。

 そうして一時間近くが経ち、集合時間を意識し始め、少し離れたところで山菜とにらめっこをしている佐藤さんに声をかけようとしてふと顔を上げると、視界の下方、山道から外れた林の中に人影が見えた。私たちのいる場所も山道から少し離れてはいたけれど、いつでも戻れるように常に山道を視界に入れるようにしていた。

 人影は二つで、遠くで顔は分からなかった。だけど、山に入って山菜取りをしているのは私たちの学年だけだったし、背丈も大人ほど大きくなかったから、私たちと同じ学年の生徒だろうなと思った。二人とも走っているようだった。

 少しの距離を空けて、先の一人が通った道を後の一人がなぞるようにして走っている。男子が追いかけっこでもして遊んでいるのだろうと思い、視線を外そうとした正にその瞬間、先を走っていた生徒の体がぐらりと傾いた。そのまま斜面を転がり落ちてしまうかと思いきや、追いかけていた生徒がその腕を掴んで引っ張り、両者の体の位置が入れ替わった。

 一人は斜面を下の方まで転がり、もう一人はその場で尻餅しりもちをついた。

 助けられた生徒は転がり落ちた生徒を少しの間見下ろしていたが、立ち上がってその場を後にした。

 私は、斜面を転がり落ちての根元に取り残された生徒の体をただ見つめていた。

「さくちゃん、どうしたの?」

 佐藤さんの声で我に返った私は、何か得体のしれないものが背筋をい上がってくる感覚におびえ、さけび、うずくまった。

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