第3話 現在

 同窓会の会場は地元のホールだった。小学生の頃に何度かピアノの発表会で訪れたことのあるそのホールは、当時はとても大きく感じたものだけれど、今見るとこぢんまりとしていた。

 時刻は十八時五十分。開場の十分前だった。

 エントランスの重いドアを押し開けて中に入ると、《受付》と書いた紙の貼られた、白布の掛かったテーブルがあり、私と同年代の男性と女性が一人ずつパイプ椅子に腰掛けておしゃべりに興じていた。

「あら、もしかして、さくちゃん?」

 こちらに気づいた女性が言う。私は頷いた。

「あいや、またも一本取られたか。ちくちょう」

 隣の男性は手のひらでぴちゃりと自分の額を叩いて、悔しそうだ。

 中学は地元の公立でなく遠くの私立だったから、小学校の同級生に会うのは卒業以来だった。

樫原かしわらめぐみだよ。覚えてない? で、こっちが工藤くどうたける

 じろじろと二人の顔を見つめてしまっていたのだろう。樫原さんは苦笑してそう言った。

「ごめん。久しぶりで……」

 そう言うと、工藤くんは「いやいや、それが普通だよ。俺もすぐには思い出せなかったし」と言って白い頭髪をいた。

「来てくれて嬉しいよ。さっきから樫原さんと人当て勝負をしているけど、全然勝てなくってね。俺ももう歳かな」

「ちょっとー、私もおんなじ歳なんですけどー」

 樫原さんは頬を膨らませて、工藤くんの脇を小突いた。

 私はくすりと笑ってから、「今日、古條こじょうさんは来る?」と樫原さんに尋ねてみた。

 彼女は名簿の紙を指でなぞり、「うん、参加になってる。まだ来てはいないみたいだけど」と言って、「古條さんと会うのも久しぶり。彼女も別の中学だったし。それに……」と目を伏せた。

 その沈黙は一瞬のことで、工藤くんの「お、トシじゃねえか! 久しぶりだな、おい」と言う嬉しそうな声で破られた。

 振り返ると、扉を開けて次の同級生がエントランスにやって来ていた。

「今日は来てくれてありがとうね」

 さっきの気まずい雰囲気をごまかすように樫原さんはそう言った。

 樫原さんが何について話そうとしたのか、私には分かっていた。

「ええ。こちらこそ誘ってくれてありがとう」

 だけど、私は樫原さんとその話をするつもりはなかった。だから、私は何も気づかなかったふりをした。樫原さんの目は少し寂しそうに見えた。

 私がこうして五十年分の重い腰を上げて同窓会に出席したのは、ひとえに古條さん本人に五十年前の遠足の日のことを訊くためだった。

 どうして、あのときクラスメイトを見捨てたのかと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る