第2話 五十年前

 その頃は、庭に咲く金木犀の背丈もまだ小さかった。

 遠足の日、小学六年生の私は昨日作ったてるてる坊主にありがとうと言いながら、降り注ぐ朝日に照らされた庭を駆け回っていた。昨日までは接近する台風の影響で大雨だった。台風が直撃して遠足は中止になるだろうと言われていたが、結果として台風の進路がれて、遠足の日は晴天となった。

 まさか遠足であんなことが起きるなんて、このときの私は思いもしていなかった。ただ遠足に行けることが決まって、無邪気に喜んでいた。

 三百円分のお菓子と遠足のしおり、お母さんが準備してくれたお弁当や水筒などが詰まったリュックサックは、魔法にかけられたみたいに輝いて見えた。パンパンになったリュックサックを背負って玄関に向かい、「そんなに慌てなくても大丈夫よ」と言う母の声を背中で聞きながら靴を履いた。

「いってきまーす!」

 金木犀の甘い香りがほんのりと漂う玄関先を走り抜けて、私は学校に向かった。

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