第4話
『ホワイトラベル セミヨン ソーヴィニヨン ブラン
2019
アルクーミ』
緑豊かな生命あふれる土地であるフランクランドリバーに設立されたワイナリー。
ワイナリー名のアルクーミとは、オーストラリアの原住民アボリジニの言葉で『我らが選びし地』という意味がある。
位置的にはマウントバーカー近郊であり、我らがJingalla Winesとは町を挟んで反対側の地区になる。
こちらのワインをグラスに注ぐ。
オーストラリアやニュージーランドのソーヴィニョン・ブランらしく、パッションフルーツのようにトロピカルな香りだ。
セミヨンもブレンドされているが、それほど特徴を感じない。
しいていえば、少し厚みを感じることだろうか。
このワインは実に軽やかで気軽に飲みやすい。
本当にオーストラリア人のように親しみやすい。
『かき揚げ天ぷら』
今更説明するまでもない、超有名にして大人気料理だ。
和食の代表格となっているが、実は鉄砲伝来とともにポルトガルから伝わったと言われている。
どうでもいいうんちくであり、美味しければさほど気になる問題でもないだろう。
塩派、タレ派といるだろうが、今回は塩でいただく。
このワインには塩の方が合うと個人的に思っているからだ。
サクサクとそのまま食べても美味しいのだが、このマリアージュをしたのは大晦日だ。
ひとつは天ぷらとして食べ、もう一つは年越しそばに乗せて食べた。
どの組み合わせにしても合うといってもいいだろう。
そして、天ぷらは万国共通で大人気だ。
オーストラリアにはフィッシュ・アンド・チップスが国民食であり、揚げ物は大好きなのだ。
そんな天ぷらが思いがけない幸運を運んできた。
☆☆☆
こちらのワイナリーは自然と融合するようで面白いのだが、残念ながら規模が小さい故に弱点もある。
醸造設備がないのである。
ワイナリーの設備機器は高額故に、委託醸造して造ってもらい、販売は自分たちでするという小規模ワイナリーがオーストラリアには多くある。
こちらのワイナリーもその例外にもれない。
ラベルもオリジナルラベルではあるが、機械ではなく手貼りだ。
本数は少ないので手貼りでも問題はないのだが、1枚1枚手で貼るので時間がかかる。
このようなラベル貼りの仕事もあったりした。
さて、今回の僕は1ヶ月間だけの短期だったので、すぐに帰国の日が近づいていた。
日本人が二人もいるということで、和食が食べたいというので僕たちは天ぷらを作ることにした。
切って揚げてということをしていると、突然の訪問客が現れた。
バリーの元同僚の夫婦だった。
バリーは元教師、奥さんのシェリーは元教え子という関係だった。
元同僚もすでに教師ではなく、パースの建設会社のマネージャー、管理職をしていた。
突然の訪問客だったが、僕とM子は天ぷらをひたすら揚げた。
この時にワインと天ぷらでテーブルを囲んで色々な話をして盛り上がった。
この時に印象に残った話をひとつ。
「ヘイ、マイト! オーストラリアでも日本と同じように会社内の上司と接待ゴルフをすることってあるんだ。でも、違うこともある。何か分かるか? 日本では上司がミスってOBする時、見てみないふりするだろ? オーストラリアは違う。指を指して笑うんだ! たとえ上司が相手でもな! HAHAHA!」
他にも日本とオーストラリアの文化の違いについて笑いあった。
その数日後だった。
「今日から3日ほどパースに行くぞ」
と、突然バリーは言い出した。
僕たちも一緒に、だという。
何事かと思ったが、天ぷらを振る舞ったバリーの元同僚がイベントに招待してくれるということだった。
バリーの車に乗り込んで出発した。
宿泊場所は、シェリーとバリーの友人夫婦宅だった。
こちらも子どもたちは独立して家を出ているので子供部屋は空いている。
だが、初対面で見ず知らずの外国人である僕たちをも快く泊めてくれるのだから、おおらかな文化なのである。
おおらかな文化は更に続く。
例の元同僚、実は会社内では部長クラスのかなり偉い人なのである。
ワインを一ケース注文していたので会社まで持ってきてほしいという連絡も来ていた。
僕たちも一緒について行って届けたのだが、この時社内で会議中だったのだ。
日本では考えられないことだ。
その足で二人の息子夫婦宅にもお邪魔した。
息子は僕よりもほんの少し年上、ほぼ同世代だ。
小さな赤ちゃんもいて、おじいちゃん、おばあちゃんとして幸せそうな二人であった。
「ぶーん! 飛行機だぞー! ぶぶーん!」
「キャッキャッ、キャッキャッ!」
と、赤ちゃんを抱き上げてはしゃいでいたのは誰でしょう?
正解、おばあちゃんであるシェリーだ。
通常考えられるのは「おじいさん、もう若くないんだからやめなさい」と、おばあさんに呆れ顔で止められるものだが、こちらの国では逆だった。
いや、この夫婦の場合かもしれないが。
そして、パワフルな母親を驚愕の表情で見つめる息子の目はこう言っているようだった。
「うちのオカン、何しとんねん?」
そのように、お茶をしていった。
ついにイベントの夜、僕たちは4人でパース内の巨大なイベントホールにやって来た。
会場には、妖精やプリンセスのようなコスプレをしたチビッコ達を連れた家族連れがほとんどだった。
イベントは、ディズニー・オン・アイスだった。
この引換券をもらっていたのだが、受け取ったチケットを見てさらに驚いた。
VIPと書いてあったのだ!
初めてVIP席にやって来たのだが、興味深いものだった。
最上階から悠々とステージを見下ろせるのだが、ゆったりとした席があったり、バーカウンター、自由に飲み食いできる部屋までセットだった。
VIP席はセレブと呼ばれる超金持ちぐらいしか入れないものだと思っていたが、スポンサー用にも使われているのだ。
バリーの元同僚の会社がこのイベント会場の工事施工者だから使えるということなのだった。
ただ楽しむだけでもよいのだが、このような席でビジネスの話も当然したりする。
僕が話をした初老の男性は、日本からの中古車ブローカーをしているという話をしていた。
このような場でビジネス界の人脈づくりがされているのだろう。
またひとつ学んだものだ。
ただの天ぷらがVIP席のチケットになる、ある意味わらしべ長者のような話だった。
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