第3話

『ロチェッラ グルナッシュ シラーズ

 2016

 ポール コンティ』


 西オーストラリア州州都パースにほど近いスワンディスクリストに位置するワイナリー。

 イタリア・シチリア島からの移民だったコンティ氏がこの辺りの土地を購入したのが始まりだ。


 色合いはオーストラリアのシラーズが入っているだけあって真っ黒に近いほど濃い。

 しかし、グルナッシュが主体なのでプラムやチェリーのような果実の風味で柔らかくなっている。

 が、シラーズのスパイシーさとがっしりとしたボディが出ている。


 濃厚ではあるが強すぎることがないので飲みやすいタイプだ。


『鯨の刺身』


 あえて、反捕鯨国であるオーストラリアワインに合わせて鯨にしてみた。

 血の滴る赤身肉の刺し身ではあるが、クセが無くて意外と食べやすい。

 昔竜田揚げを食べた記憶はあるが、刺し身は初めての経験だ。

 正直、脂っこい牛よりも美味しく思える。


 調べてみると低カロリーで高タンパク、栄養が豊富らしい。


 捕鯨の是非はともかくとして、命は命、美味しくいただくのが捕食者としての流儀だと思う。

 どの生物の肉でも尊い命なのだから感謝することが大切だ。


 さて、ワインと合わせてみる。


 これが実に合う。

 シラーズのどっしりとした味わいと肉の濃い味わいは実に良い相乗効果を生む。

 スパイシーさがアクセントとなり、味わいにより面白さが出る。

 そして、赤の渋みが後味をスッキリとさせてくれる。


 この相反する思想を持つワインと料理、皮肉にもよく合ってしまうのである。


 それからもうひとつ、鯨という生き物はとにかく桁外れに大食らいだ。

 人間が食べる魚も当然たくさん食べる。

 

 保護とは聞こえは良いが、生態系は本来バランスが取れているから自然はうまく回るのである。

 人間も生態系の一部なのだと自覚していれば、視野も広くなるというものだが、こういう話は眠くなるからやめよう。


 もしも鯨が増えすぎてしまったら、現実としてどうなるのか?

 魚は反対に減ってしまうのだ。

 つまり、人間がおこぼれを預かる魚が減るのだ。


 偉そうに言われなくてもこの程度のことは分かるだろうが、実際に経験すると面白くないのは事実でもある。

 そう、自然の摂理とは、弱肉強食の奪い合いの世界なのだ。


☆☆☆


 仕事は基本的に平日5日だけだ。

 仕事自体もそれほど忙しいわけではない。

 ただ、敷地が広いので移動が大変なのだ。


 ブドウ畑以外にも、針葉樹の林もあり牧草地には羊が放牧されている。

 むしろこちらの方が広い。

 そのため、住居から遠い区画に行くには、四輪バギーに乗っていった。


 途中で大体羊の群れの近く通る事が多いのだが、連中は臆病な生き物なので近づくとすぐに逃げていくので移動の邪魔にはならない。


 羊もなかなか面白い生き物で個性が豊かであったりする。

 特に分かりやすいのが鳴き声だ。


 メェーメェーというのが一般的だと思うが、中にはボゲェーと酔っぱらいがマーライオンを吐くように野太い声で鳴く羊もいる。

 夜中に、ひつじが一匹『メェ~』、羊が二匹『メェ~』、羊が三匹『ボゲェー!』と変なおじさんのように鳴かれた時にはツボにハマって眠れなくなったものだ。


 さて、話が脱線してしまった。

 話を戻そう。


 仕事の剪定をして、また家に帰っていく。

 戻ってから暖炉に火を熾すが、常に薪があるとは限らない。


 敷地内の針葉樹を薪にするのだが、小屋の中に薪用の木をざっくりと切って乾燥させてある。

 このままだと暖炉に入る大きさではないので、これらを斧で更に細かくしていくのである。


 薪割りをして暖炉の前でワイン片手に暖まる、自然とともに生きるってこういうことなのだ、と実感する。

 この素朴さにちょっとした充足感があるのは僕だけなのだろうか?


 さて、オーストラリアは、アウトドア大国だ。

 休日になると僕たちも連れ出された。


 今回やってきたのは、グレートサザン地区アルバニー近郊の海だ。

 ここは透き通った青い海、白い砂浜、しかし南極海はちょいと寒い。


 この寒い海で何をするのかというと、釣りだ。


 この辺りではサーモンが釣れるらしい。

 二人の息子たち(ふたりとも結婚していて家を出ている)の写真を見せてもらうと、小学生ぐらいの子供の頃にすでに大物を釣り上げていた。


 今回もサーモン狙いで、地元民しか知らない釣りポイントに向かった。

 

 南部のアルバニーは西オーストラリア州ではそこそこの町だ。

 主要道路はアスファルトで舗装されている。

 しかし、釣りポイントは途中から砂利道になり、砂地になっていった。


 バリーの車は一応4WDだったので問題はなかったが、軽自動車なら間違いなく途中で動けなくなっていたことだろう。


 更に進むと、砂浜に入った。

 この直前にタイヤの空気圧を減らして砂浜も走れるようにしていた。

 実に手慣れたもので、フォークの先端で空気圧を抜いた。


 こうして、釣りポイントの岩場にやってきた。

 激しい波が岩にぶつかり、水しぶきを上げる。

 まあ、あれだ。

 二時間サスペンスで犯人が追い詰められるような断崖絶壁だ。


 シェリーはシートを広げ、砂浜にピクニックの準備を始めた。

 バリーは釣りの道具を出し、こちらも準備をしていた。


 しかし、先客がいた。


「ヘイ、マイト!(生粋のオーストラリア人は、男性を呼ぶ時や語尾にMateマイトをつける。特に深い意味はない) 今日はダメだぜ? あれ見ろよ」


 オーストラリア人は見知らぬ相手でも気さくに話をする陽気な人種だ。

 先に来ていたおじさんは、バリーに話しかけた。

 あごをしゃくる先を見ると、沖に黒い影が見えた。

 鯨だった。


 この町アルバニーはホエールウォッチングで有名な町でもある。

 しかし、釣りとは相容れない。


 鯨は大食漢、その近場の魚たちは姿を消してしまうのだ。

 この日は、おじさんの助言通りボウズとなった。


 後日、リベンジしにやってきて、無事に釣りは成功した。


 サーモンはダメだったが、ニシンを大量に釣れた。

 M子は大物(名前は忘れた)を釣り上げ、僕がちょっと悔しかったのは口には出さなかった。

 そうして持ち帰った獲物たちは、フィッシュ・アンド・チップスにして美味しくいただいた。


 オーストラリアは仕事と休日のバランスが実に良く、人生が本当に豊かなのだった。


 ちなみに、こちらのM子とは甘い関係となることは全く無かった。

 このエッセイに甘い恋愛話など、異世界ファンタジー以上にありえない話だ。

 これだけは断っておこう。

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