第2話
『アンジェヴィン リースリング
2019
プランタジェネット』
西オーストラリア州南部グレートサザン地区マウント・バーカーにある家族経営のワイナリー。
英国移民であるトニー・スミス氏によって1974年に設立された。
オーストラリアの中でも比較的冷涼な気候であるため、ドイツ系白品種であるリースリングも栽培されている。
しかし、この品種はなかなか扱いが難しいと個人的に思う。
色々と理由はあるが、御託を並べずにボトルを開けてみようではないか。
グラスに注ぐとレモンイエローの淡い色合いだ。
柑橘類のスッキリとした香りはある。
が、人によっては若いリースリングの欠陥と考えられたり、ある人は好きだという香り、ペトロール香が感じられる。
僕はこの香りは苦手だ。
どんな香りかというと、書いて文字の通りペトロール(ガソリン)、灯油のような香りである。
その香りを気にしなければ、酸味の効いたスッキリとした味わいである。
『ウサギ肉のシチュー』
日本ではあまり馴染みのないウサギ肉、愛くるしいウサギさんを食べることに抵抗のある人もきっといることだろう。
しかし!
シチューにして食べたらその考えは変わるかもしれない。
ウサギのももはジャンプ力があるせいか肉付きが実に良い。
しかも鶏よりもタンパクな味わいで低カロリーなのである。
普通に焼いて食べるだけならば固くて決して美味しいとは思えない。
だが、トロトロになるまでシチューを煮込むと、もう口に運ぶスプーンが止まらないのだ。
もちろん、ソースは牛乳から作ったお手製だ。
ふと気がつくと一人前をぺろりと平らげていた。
ワインと合わせる前に、である。
しかし僕は焦ってなどいない。
こういうこともあろうかと、4人前作っていたのだ。
おかわりをしてワインと合わせる。
うむ。
濃厚なシチューのホワイトソースがペトロール香をうまくかき消してくれている。
消えているのだが、他の味わいも消えてしまっているではないか!
今回のマリアージュは正直失敗だったと言える。
しかし、トライ&エラー、挑戦を繰り返すことは成長の証である。
次は、樽熟成のシャルドネなどの濃厚な白ワインか熟成されたリースリングでも良いかもしれないな。
☆☆☆
仕事の話を始める前に、お世話になるこちらのワイナリー、Jingalla Wines について紹介しておこうと思う。
前話に登場したシェリーとバリーのオーナー夫妻で経営している小さなワイナリーである。
ポロンガラップというオーストラリアの中でも緑の多い野性的な丘の斜面にぶどう畑がある。
この畑にブドウを植えられたのは1979年、フランスなどのヨーロッパの伝統的なワイン産地に比べれば最近の話だ。
この土地は英国移民であるバリーの先祖から受け継がれているそうで、ブドウを植えたのはこちらのオーナー夫婦とバリーの姉夫婦が始まりだ。
バリーの姉ニータの夫ジェフは故人となっており、僕は面識はないが冥福を祈る。
前置きが長くなったが、WWOOFでやってきた僕たちにできる仕事は畑仕事だけだ。
この時期は冬、ブドウ畑の仕事といえば、剪定である。
これは万国共通だろう。
僕は経験があるということで、電動剪定ばさみを貸してもらい一人で切らせてもらった。
同じWWOOFでやってきた日本人のM子は、バリーの切った枝を取り除く作業と残された枝をワイヤーに取り付ける作業をしていた。
オーストラリアを一年中温暖な気候だと思っている日本人は少なからずいると思うが、それは誤りだ。
日本から最も近い北部のケアンズなどのあるクイーンズランド州や、クロコダイル・ダンディーのいるノーザンテリトリー準州を除けば、冬はかなり冷え込む。
こちらのJingalla Winesも朝晩は暖炉が必須だった。
朝太陽が登る頃、刺すように冷たい空気の中ブドウ畑に向かう。
こちらの場合、住居の目の前がブドウ畑だから山に芝刈りに行くよりは近いのだが、それでも大変だ。
日が沈む前には仕事を終えて帰ってくるのだが、室内でも白い息が出るほど寒いので暖炉に火をおこして一日の仕事が終わりになる。
そんな生活ではあるが、娯楽はある。
暖炉の前でDVD(当時はNETFLIXは普及していなかった)で映画を見たり、食事を楽しんだ。
食材は基本的に町にあるスーパーで週に一度大量に仕入れてくるのがオーストラリア流だ。
町まで遠いのでこまめに行くことができないからだ。
他にも食材の入手方法はある。
今回は肉類について語ろう。
「今夜は寒いな。……よし! 兎狩りに行こう!」
バリーは突然思いついたように手を叩いた。
僕には詳しい話はわからないが、冬は狩猟の時期なのだそうだ。
僕とM子は厳寒の夜中に駆り出されたわけだ。
狩りとはいっても、場所は目の前のブドウ畑と牧草地の中だ。
ウサギはこの中だけでもウジャウジャいる。
ちなみに、ウサギはオーストラリアでは害獣指定されている。
元々オーストラリアにいなかった生物、ある英国人が持ち込んだことによって大繁殖してしまった。
生態系を破壊し、農作物を荒らす、とにかく人間が持ち込んだせいで今でも大問題となっている。
狩りの方法は至って単純、猟銃で撃つだけだ。
僕とM子は銃を撃ったことがなかったので、引き金を引くのはバリーの役目だった。
僕は荷台付きの四輪バギーの運転手、M子は照明係だ。
「いた! 止まれ止まれ!」
バリーの合図で適当に走らせていた僕はブレーキをかける。
照明を構えるM子の先には、ブドウ畑の畝を飛び跳ねるウサギが見えた。
バリーが照準を合わせ、乾いた軽やかな炸裂音とともにウサギが弾き飛ばされた。
「よし! やったぞ、近づくんだ!」
バリーの指示で僕は倒れたウサギの側にバギーを寄せた。
見事に仕留めたと思ったが、バリーは少し不満顔だ。
「ああ、ダメだな。頭に当たってれば完璧だったのに。まあいい、この部分を切り取ればいいさ」
弾の当たった部分の肉は血で傷んでしまうため、その部分は捨てないといけないそうだ。
狩りもなかなか難しい。
その後も走り回り、もう一羽仕留めて帰った。
バリーは手慣れていて子供の服を脱がすように簡単に毛皮を剥ぎ取り、内臓も豪快に取り出した。
内臓や弾の当たった部分の肉は、次の日にニータの飼い犬の食事となった。
これも無駄のないSDGsなのだろう。
さて、仕留めた肉は、シェリーが下ごしらえをしてトロトロになるまでシチューにし、パイ生地に包んで焼いてくれた。
もちろん、美味しかった。
それ以上に生きるということは食べるということ、命を食べるということの本当の意味を知れたと思う。
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