第20話 卒業。

 まだ早いと思っていた卒業式が始まる。

 ここは笑顔で終わらせばいいのか、本当に何もなかった一年だった。虚しくて、俯いたまま目を閉じる。むしろ、何も考えない方がいいと思っていた。


 かき消すように、心は空っぽ。


「蓮、写真…!」


 当然、誰も来ない卒業式に笑顔なんか作れるわけがなかった。少なくともお父さんが生きていたら…お母さんは毎日仕事ばっかりだから、強いて卒業式に呼ぶ必要はなかった。一人でも十分…だ。そう、この場所に先生がいてほしかったのに…なのに…でもいい、もう十分だ。これでいい。


「あ、写真か。」

「そう。」

「分かった。」


 朝陽と写真を撮ろうとした時、後ろから山口と白川が姿を現す。


「私たちもー!」

「5人でー!」

「え?5人?」

「陽菜ちゃんも早く!」

「はーい!チーズ!」


 最後の写真はこの5人で撮る。

 そして俺の高校生活が終わりを告げた。


「みんな卒業だから遊びに行こうよ!」

「そうそう!」

「蓮は?どうする?」


 今日はちょっと行くべき場所があってみんなとは遊べないんだ。


「ごめん…今日は無理、また今度…ってないよな。」

「…うん。大丈夫、また連絡するから。」


 みんなが俺を見て笑ってくれた。

 その笑顔に安心する…そして騒がしい卒業式から出る前に、さよならの笑顔をみんなに見せた。2年間、何もなかった俺の隣にいてくれてありがとう…と伝えたかった。みんながいてそれなりに楽しかった…長く感じられたけど、ほんの一瞬だった。


 だんだん遠ざかるみんなの姿、いきなり湧き上がる感情に涙がこぼれる。


 本当に…みんなありがとう。

 そしてまた…会おう。


 ……


 それから電車に乗った俺はお父さんの墓まで足を運ぶ。


「遅かったかな…俺、卒業した。お父さん。」


 涼しい風が吹いてくる墓場に綺麗な桜が舞い散った。今日だけ、すごく晴れている天気とスッキリした気持ちでよかった。お父さんの前で落ち込んでいたら格好悪いからな…本当に久しぶりなんだ。ここにくるのは。


 墓石に手を乗せると、指先から感じられる冷たさが俺に現実を教える。


「俺さ、A大学に受かったぞー」


 ちょっとだけ、自分の息子の自慢がしたかった。


「すごいんだろうー日本で五本指に入る大学だぞーお父さんと同じ大学、どうだ!偉いだろう…」


 少しずつ小さくなる蓮の声。


「うん…」


 勉強ってやつは一人でやったらだんだん上手くなれるもんだった。

 それと…卒業したら先生に会えると思ったのに、やはり無理だったんだ。いつか会えるって言ったのに、そのいつかっていつだろう。先生はもう俺なんか忘れてるんじゃないのか…俺一人だけずっと好きだったのか…先生は今どこにいる…?


「お父さんも…俺の願いを叶ってくれない…?ただ一人だけの人を…探してるんだ。俺…」


 答えられるわけ、ないよな。

 そしてお父さんの墓石の前でしばらくじっとしていた。


「じゃあ…これで、帰るよ。また…来るから。」


 どうやっても頭から先生のことが消えない。

 そのまま家に帰ってきたら、ある人が家の前で俺を待っていた。シルエットしか見えなかった俺は階段を上がってあの人と顔を合わせる。


「やっと来たよね。」

「小春先生…?どうしてここに?」


 そこで俺を待っていたのは小春先生だった。


「いや…本当にバカだから…見てらんないよー」

「はい…?」

「ねえ…なんでさくらに連絡しない…?蓮くん。」

「連絡って…先生と…繋がらないんです。」

「え?手紙に書いてるじゃん。」

「えっ?」


 手紙に書いてるって…

 俺はカバンの中に入れておいた先生の手紙を出す。再び手紙を読んでも先生が俺に言い残した言葉はない。どうしてこの手紙に書いていると言うんだ…小春先生は。


「ない…連絡先も何も…ないのに、どうして…?」

「え?そんな…?見して。」

「はい…」

「このバカは…どうすりゃいいんだ…」

「えっ?」

「自分の涙に大事なところが消されたよ…ほら、こっちを見て。」


 小春先生が指で指したところにはかすかに見えるいくつかの数字、それは先生が俺に残した電話番号だった。手紙の最後に残した電話番号、ボールペンで書いた字のインクが滲んでよく見えなかったのだ。


「これが先生の連絡先…でもよく見えない。」

「はあ…まさか、こんなことでずっと連絡できなかったってわけ?あっちはね。やはり私蓮くんに捨てられたんだ…ずっと連絡がない…とか言ってるし。」

「え…」

「じゃあ、先に電話かけたらいいじゃんって言ったのに、なんって答えたと思う?」

「なんでしょう…?」

「蓮くんが私を見つけてほしいって、どんな気持ちなのか分かるけどね。そう言ってもやはり勝手にいなくなったのが引っかかるかも、嫌がれたらさくらも傷つくから…まだ弱いんだよ。さくらは…蓮くんの前で強がってるだけ。」


 先生も俺のことを待っていたってことか…


「…え。」

「蓮くんはどうしたい?」

「…先生、どこにいますか?」

「知りたい?」

「はい!是非、教えてください。」

「じゃあ…一つだけ、約束してくれない?蓮くん…」

「なんの約束ですか?」


 小春先生が紙切れを出してから俺に話した。


「ここにさくらの連絡先と今の住所が書いてる。」

「はい…」

「これをもらった時点でもう後戻りはできない。蓮くんは本当にさくらのことが好き…?歳の壁を越えるほど好き?」

「はい。」

「だったら、何があってもさくらのそばにいてくれると約束してくれない…?」

「はい。」


 迷うことはない。

 

「分かった。この紙切れに書いている字がさくらの居場所まで案内してくれるよ。」

「はい…」

「行ってよ。」

「はい…」


 急いで階段を降りると、後ろから小春先生が叫んだ。


「おーい!蓮くん!あのバカと会ったらこれを伝えてよ!」

「え…?」

「さくらは本当にバカー!って。はっきり言って来い!」

「何それ…分かりました!」


 今、すぐ会いに行きますよ。

 先生…

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