第19話 小春の一言。

 成績を学年一位まで上げて、一応志望した大学に受かるのは問題ない。

 ただ今からのことが心配になるだけ、特にやることもないし…これから卒業するまで机に突っ伏すのが俺ができる最大限のこと。


「…賑やかだ。」


 いつの間にか、あの噂は先生とともに学校中で消え去る。

 それでも俺は一人で孤立されたように、誰ともなく話しかけるのを遮断して一人の時間を送っていた。大事な先生を失った俺にはなんの価値があるのか、たまには友達と話したり遊んだりするけど…基本的に一人で落ち込む日が増えてしまった。


 ……


 その蓮をずっと見守っていた人がいた。

 その名は武藤小春、彼女は離れ離れになったさくらと蓮を密かに心配している。廊下ですれ違う時も蓮の顔をちらっと見て、授業中の時も蓮の顔を確認していた。


 自分が何をしているのかもよく分からない…ただ頼まれたことをするだけ。


「はあ…」

「どうしましたか?武藤先生。」


 国語教師の鈴木先生がため息をつく小春に声をかける。


「なんか…バカ二人を養っているような気がして…」

「え…子供のことですか?」

「ある意味で…」

「子供を育てるのは難しいですもんね。」

「そ、そうですね。」


 コーヒーを一口飲んで運動場を眺めていた小春はさくらとあったことを思い出した。時は蓮が教頭先生の話しが終わった後、転校届を提出したと言う蓮にショックを受けたさくらが一人で頭を抱える。隣でその姿を見ていた小春は仕事が終わってからすぐさくらを居酒屋に連れてきた。


「どうする気?」

「…分からない。」

「そもそもそんな写真をアップロードするなんて、犯罪じゃない?はあ…」


 ため息をつく小春とそばですすり泣くさくら。


「もう全部嫌だよ…」

「さくら…」

「小春…」

「うん?」

「私、教師やめようか…」

「え…それはちょっと…」


 その時の小春は不安に満ちた。

 本当に教師をやめたら、これからのさくらはどうなるんだ。心配ばかりしてその席から離れなかった。しばらくさくらと一緒にお酒を飲むと、我慢していた彼女の本心が少しずつ口から漏れる。


「…うああああ、会いたい。今すぐ抱かれたい!」

「…」

「そんな悲しい言葉…言わないでよ…」

「だから無視して卒業するまで我慢してよ。」

「…学校から蓮くんに話をかけられないなんて、死んだ方がいい!」


 テーブルに置いている杯にさくらの涙が落ちる。


「少しは自分の立場を…自覚して。」

「冗談よ…学校側に迷惑だから、私はもう決めた。教師やめる。」

「…いや、そこまでしなくても。」


 そしてあの日の小春はさくらの決意を止められなかった。

 学校側はさくらと蓮のことに対してどう処分するのか悩んでいる。そのうち蓮から直接転校届と言うカードを使ってさくらのことを守ろうとした。でも、高校はそうやってすぐ転校できるわけないから、小春はどっちもじっとして学校に残る方がいいと思っていた。


「でも、私は蓮くんがもっと上手くできると思うから…青山にいてほしい。もう変な噂に囚われたくない…私がいなくなったらそれでいいのよ。」


 弱気を出すさくらに元気をつける。


「さくら…でも、もうちょっとだ。1年くらい我慢したら卒業だよ!」

「もういい…蓮くんと話をかけることが怖くて、また変な噂をされるかもしれないから…怖いよ。」

「教師をやめてどうする気?実家に戻る?」

「うん…どうせ、私に似合わない仕事だったから…」

「さくら、そうじゃないよ!そんなこと…頑張ってたじゃん。」

「うん…でも、もう…いいよ。私は蓮くんがこの学校を卒業して大学に行くのが見たい。」

「じゃ、一緒にいれば…」


 ただ小春の考えだった。

 さくらの性格を知っていたからその後のことは言えない…なぜそこまで考えるのかがよく分からなかった。小春はただ二人が一緒にいてほしかった。結局、思う通り…さくらが教師をやめる。


 さくらを説得するのは見事に失敗した。

 

 そしてあの日、蓮が入院した。一緒にいた人に頭を殴られてような姿、血を流して地面に倒れた蓮を通りすがる人が発見して救急車を呼んだのだ。あの日のさくらを小春は忘れなかった。血を流して入院したと言われた時、蓮の前で二日間泣いているその姿を忘れられない。


「…蓮くん、蓮くん。」

「…さくら、今日は帰った方がいい。」

「いやだ…ここにいたい。」

「…」


 だからこそ、そばにいてあげるのが常識だと思った。

 数日後小春にL○NEを送った後、さくらは姿を消した。

 

「どこに行ってもバレバレだけど…」

「はい…?」

「いいえ…ちょっとうちの娘がわがままで困るってことです。」

「へえ…」

「今もどこかで上手くやっているかな…と心配になるだけで…」

「いい母親ですね。」

「本当にバカですよ。本当に…」


 空き缶を捨てる小春はまだ蓮に伝えなかった言葉を胸に抱いて卒業を待っていた。そして鈴木先生と職員室に戻ってきた時、空いているさくらの席を見た小春は病室から出る時の寂しい姿を思い出した。


「じゃあ…卒業の時に…写真だけお願いしてもいい…?小春。」


 と、ふと思い出したさくらの頼み。

 小春はこう呟いた。


「全く、しょうがないな…」

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