第85話 秋の物語、初恋。

 小学の頃は一人で過ごす時間が好きだった。

 それは多分、お父さんの調子が悪くなったのが原因だった。学校が終わったらすぐ家に帰ってお父さんの看病をする。だから今の俺には友達を作ることより忙しいお母さんの代わりをするべきだった。


「蓮は好きな女の子、ないのか。」


 ある日、そう言ったお父さんに俺は初めて「恋」と言う言葉の意味を悩んでみた。人を好きになるよりそもそも人と話す時間もなかったから、ただ「そんな人がいたらいいな」と返事をした。


 人生が変わったのは中学に入ってからだ。


「ねえ、そこの君!」


 廊下を歩いている時、ある人が俺に声をかけてきた。


「俺のこと…?」

「うん、君。」

「そうか…?それで?どうしたんだ。」

「ねえ、彼女いる?」

「ないけど…?」

「じゃあ、私と付き合ってくれない?」


 これが今から始まる俺の悪夢、一宮美那との出会いだった。


「嫌だ…いきなり何を言う…?」

「へえ…私みたいな女の子が告ったらすぐオッケーしてくれると思ったのに、面白いね?」

「それだけか…」

「…」

「急いでるから…これで。」


 当然なことだった。知らない人と付き合うなんて…そんなことができるわけないだろう。付き合っても俺はダサいから、一宮は俺よりもっとカッコいい陽キャと付き合うべきだった。


 ……


「よっ…!秋泉くん!」

「あ…来たかー」

「マヤの新作小説、見た?」

「あ、まだだけど…」

「貸してあげる!ようやく手に入れた限定版だぞー!」

「おーありがとう…」


 中学の頃、俺の隣にはいつも中井と呼ぶ人がいた。学校中でオタクと言われているやつだったけど、頭もいいし性格もすごくいいやつだったから俺は気にしていなかった。家に遊びに来て俺の勉強も見てくれるし、たまにはお父さんの心配もしてくれるから一人しかいない大切な友達だったんだ。


 そして悪夢が始まる…

 それは中井が知らない先輩たちにいじめられていることだった。最初は俺も知らなかったけど、無断早引きをする日がますます増えていく中井に気づいて、これは何かあるんだと思っていた。


 そして近所の遊び場に中井を呼び出して話をした。


「どうしたんだ…最近、お前…傷だらけだ。無断早引きも増えて…何かあった?」

「…」


 何も言わない中井に何度も話したけど、中井は涙を流すだけだった。そしてしばらくの静寂が流れた後、中井は何かを決めたように口を開けた。俺はその時の中井を、すごく悲しそうなその表情を忘れられない。


「秋泉くん…僕はもうダメだ。」

「どうしたんだ…お前がいなくなったら学校が面白くないから。」

「僕は…僕は…秋泉くんを守りたかった。」

「なんの話だ…?何を、俺を…?」

「前に秋泉くんがある女の子とぶつかったことを覚えている?」

「あ…音楽室に行く時だったよな…」

「あの時の隣にいた女の子、八坂で一番怖い人だ。知ってる?」

「いや…別に興味ないし…」

「そうか…あの女の子に秋泉くんと結んでほしいって言われた。」


 はっきり断ったはずのことを今まで…?一応、中井の話を黙々と聞いていた。


「僕は嫌って返事したよ。それからだった。僕を強制的に呼び出して、お前みたいなブタ野郎は役に立たないとか…いろんな悪口を言われて…殴られた。」

「…」

「僕は秋泉くんの友達だったからね…秋泉くんがあの子の告白を断った時を見ていたから…僕はただ話をして秋泉くんを諦めさせたかったのに…なのに…」


 そんな話には興味なく、ただほしいものを手に入れたかっただけか。あるいはこの話が俺の耳まで入るのを待っていたってことか…どちらにしても酷すぎるだろう。中井の腕と足、そして体の隅々まであざができていて、あの頃の俺は中井がこうなったことに責任を感じていた。


「ごめん…俺が話をしてみる。だから、もう心配すんなよ。」

「…」


 そして次の朝、俺は一宮がいるところに行った。


「なんで、中井をいじめる?」

「うん?なんの話かな…?」

「全部聞いたから誤魔化すな。」

「へえ…全部、君のせいじゃないの?」

「俺は何もしていない…!」


 笑い出す一宮が俺のそばにきた。


「だから…私はただ頼んだだけなのに、あの人が悪いんだから殴られたのよ。」

「中井は何もしていなかった!お前らが勝手にいじめたんだろう!」

「じゃあ、私と付き合ったら…もうそんなことやめさせる。」

「…ありえない。お前ら全員…共犯だ。」

「だって…先輩たちがそうしたいって言うからね。」


 中井はあの日、転学を考えているって話した。ようやく入ってきた八坂なのに、いじめられて学校を辞めるなんて…そんなことをさせるわけにはいかない。


「分かった。言う通りにするから…もうやめさせてくれ。」

「オッケー」


 先生すら避けている一宮は学校内でほぼ無敵だった。だから…一人しかいなかった俺の友達「中井」に手を出さない条件で一宮の彼氏ドレイになった。


「じゃあ…今日から私たちは恋人だよね?」

「うん…」

「じゃあ…こんなことをしてもいいってことだよね…?」


 彼女ができた初日、俺は学校の階段で一宮にキスをされた。


「やはり、蓮くんはカッコいいね。」

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