第82話 山の物語、記憶の欠片。
あの日の夜、潮風が涼しくてそばにいる蓮くんの胸に抱かれていた。絡み合っている二人の体、その温もりがとても気持ちよくて…ふとお母さんのことを思い出してしまう。そういえば、私はいつから蓮くんのことが好きだったのかな…
「ううん…」
夜中に目が覚めちゃった私は蓮くんの頬にチューしてから再び目を閉じる。
「好き…」
———私立八坂中学校。
「みゆきちゃんー」
中学校に入ったばっかりの私はなぜか学校中に「怖い人」と噂されていた。近づいてくる人はいわゆるヤンキーそのものだったから、むしろ私の方から避けていた。それは多分お父さんが怖い人だったからそう噂されたかもしれない、企業のオーナーってすごいんだよね。
「ねえー何してる?」
その時、私の友達になってくれたの人がお父さんの友達の娘だった美那ちゃん。
「あ、うん…」
「へえ…みゆきちゃんって控え目な性格なんだ…」
「そうかな…」
「顔は可愛いのに、彼氏とか作っちゃったら?」
「好きな人はない…」
「へえ…」
そんな一年を過ごしていた。美那ちゃんと二人の中学生活、そして2年生になったある日美那ちゃんはヤンキーと付き合い始めた。どう見ても軽い感じ、すぐ付き合ってすぐ別れちゃって、その後また他の先輩と付き合ってまた別れた。それが楽しいのかな…その時の美那ちゃんは私には理解できない恋を繰り返していた。
隣でそれを見ているのも飽きちゃって数日間一人で本ばかり読んでいた。
「みゆきちゃんー移動授業行こう!」
「うん…」
君との出会いはそんなに特別じゃなかった。ただ音楽室に向かっている途中、廊下からぶつかったのが私と蓮くんの初めてだった。
「あ、ごめん…」
廊下に落としちゃった教科書を拾ってくれた蓮くんは可愛くてカッコいい人だった。不良には見えなかったからその姿に一目惚れして、蓮くんに興味ができてしまう。多分、周りのゴミよりはいい第一印象だったから心が少しずつ動揺していた。
すれ違う時は本能的に惹かれているのに、その時の私は自分が感じた気持ちをよく分からなかった。
「前をちゃんと見てよー」
「ご、ごめん…」
「おい、蓮!何してるんだ…あのごめん…こっちが悪かった。」
「中井…」
「次はちゃんと見てよ。」
「うん。」
相変わらず怖い美那ちゃんに男子も怯えている。
「美那ちゃんは怖いよね…?」
「うん?なんで…?」
「同級生の男子は全部美那ちゃんのことを怖がってるよ。」
「先輩と付き合ってるせいかな?」
やはり私は美那ちゃんのことをよく理解できない、隣の美那ちゃんと話しながら遠ざかる蓮くんを見つめていた。
「あの人、ちょっとカッコいいかも。」
「うん?」
「みゆきちゃんとぶつかった人のことよ。」
「うん…そうかな。」
美那ちゃんが急に怖くなってしまった。もしかして、美那ちゃんも蓮くんのことを好きになったのかなって思い出した時、心底からいやらしい気持ちがしたけど…特に出せる言葉もなかったからじっとしていた。
「美那ちゃん…彼氏いるじゃん…」
そして数日後、絶対に結ばれないと思っていた二人が結ばれてしまったのだ。
「ねぇー蓮くん、あーんして!」
美那ちゃんに会いに来た時、そのそばにはなぜか蓮くんが座っていた。仲良く見えたのは気のせいかな…なんかちょっとだけ嫌な気がした。取られた、って言うのかな…最初から何も言ってなかったから取られたと言う表現はダメだよね。
蓮くんも私と同じく本を読んだり、一人の友達とたまにゲームの話とか小説の話をする大人しい子だった。だから、休み時間になったら蓮くんの教室に遊びに行く。無理して友達を作った私は蓮くんが見える席に座ってそっちをジロジロ見ていた。それだけが私の幸せ…
もっと知りたかった。そんな男が好き…
———山口家の邸宅。
「ただいま…」
私が家に帰ってきた時、いつもお父さんの部屋から聞こえるこのいやらしい声。
「あっ…!」
「はあ…」
「気持ちいいです…会長。」
「もっと、声を出してみろ。」
「は…っ…好きです…」
まだ幼い頃の私は好奇心でお父さんの部屋を覗いた。すると、裸の男女が体をくっつけて、絡み合って火遊びをしているところを見てしまった。
「…」
それは今も同じ。
そう、今の家には自分の秘書と性行為をするお父さんがいる。歳は10年以上離れているのに、どうしてそんなことができるのか…私にはよく分からなかった。知りたくもなかったから、お母さんがいなくなったのも全部お父さんのせいだった。
「あっー!はあ…」
耳を塞いでもここまで響くその喘ぎ声に飽きた。若い女とセックスするのがお母さんよりも大事なの…?でも、もういない人のことは忘れて、私は黙々と自分の道を歩いていた。
醜い、汚い、嫌い…
それからどれくらいの時間が経ったかな…蓮くんと付き合った美那ちゃんはその後から信じられないことを私に見せてくれた。それは今まで私にいなかった新しい感情、力で人を潰すこと。すなわち、お父さんみたいな人になることだった。
あの日、焼却場で蓮くんを蹴っていた美那ちゃんから教えてもらったその感情…
———優越感。
私はみんなが立ち去ったあの場所に向かった。
「大丈夫…?」
と、話して蓮くんに渡したハンカチ…
「…うん。」
その時、泣き顔で私に頼る蓮くんを決して忘れはしないよ…「ありがとう」って言いながらこっちを見つめる蓮くんを思わず抱きしめてしまった。
「山口さん…?」
「ううん…なんでもない…」
そう、これが一番可愛い…
自分のそばに誰も残っていない時こそ、人は弱くなるんだよ。ねぇ…私に頼って、その顔をもっともっと見せて…私のものになったら蓮くんを守ってあげるからずっと私のそばにいてほしい、私は蓮くんを見るたびに気持ちよくなるのよ。
私はそれを「恋」と認めていた。
「蓮くん…」
そして3年生になる前に蓮くんは転学してしまった。
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