第44話 余計に気になる。−3

 先まで意識してなかったけど、いきなり抱きしめられて先生の胸が感じられる。しかも俺とは違って先生はシャワーを浴びたからいい匂いもする、今帰ってきたばかりの俺は臭くないのか…これでいいのかな。


 そんな考えが頭から離れなかった。


「雪原さん…」

「待って…」

「はい?」

「もうちょっと…ぎゅーしたい…」

「はい…」

「何…?その反応は…ぎゅー!って言ったじゃん?」


 ぎゅーって、牛?何変なことを…

 今は頭が回らないほど、先生のことを気にしていた。だって…先生から「蓮くん、変な匂いがする。」って言われたくないから、うじうじして先生の横顔を見つめていた。


「…何、ぼーっとしてんの…?」

「はい…!」


 こっちから先生の細い体を抱きしめた。胸に顔を埋める先生は両手で俺の背中を掴む、床に座ってソファに寄りかかる俺は先生の腰と肩を掴んでいた。これは誰にもバレてはいけない、先生と俺の秘密の時間だった。とても…大事な時間…


「ううん…気持ちいい…」


 離れようとしない先生の頭を撫でてあげた。一応こうやって抱きしめると10分くらいはじっとしている先生だから、俺も甘えてくる先生の姿を見つめてそれに従うだけだった。これが可愛いんだよな…


「蓮くんはバカなんだけど…こんな時は頼りになる…」

「ちょっと他の意味で悲しいんですけど…」


 でも、なんで俺みたいな人を好きになってくれるのかな…先生は本当に綺麗な人だから他にもいい男性がいっぱいいると思うけど、いや…!こんなことは考えないようにしたのに否定的な話は禁止だ。蓮。


 これはやはり今田のせいだと思う、彼女が言ったことが今まで余計に気になるから…俺はもう昔の秋泉蓮ではない、もうそんな話に惑わされるほど馬鹿ではない。中学時代の記憶はもう俺の頭の中から消えてくれ…


「蓮…」

「はい…?」

「蓮はさくらのこと好き…?」


 いきなり…?しかも「私」じゃなくて「さくら」って言った。この場で俺を殺すつもりですか…そしてそんな顔で人を見上げるのはやめてください。心臓が…心臓が…!


「えっ…?」


 呼吸…を…いけない、頭が真っ白になる。

 それでも先生はますます近づいてくる。俺の胸に右手を当てて目線を合わせる先生、先の話で目を合わせる勇気がなかった俺は先生の唇を見ていた。すると、先生からもう一度言ってくれた。


「答えて、蓮はさくらのこと好き…?」

「は…い…」

「ちゃんと目を見て話しなさい。」


 反対側の手で俺のあごを持ち上げて、強制的に目を合わせる先生がすごく照れる顔をしていた。自分から言っておいて、むしろ照れるのは先生だった。


「はい。」

「足りない。」

「はい!」

「そっちじゃない!」

「えー!」

「知らないふりするなよー」


 もう…俺に恥ずかしいセリフを言わせるつもりだこの先生は…


「早く、早く…」

「す…」

「す!」


 そんな顔で見られたら…本当に恥ずかしいんですけど、近いし…いい匂いもするし…好きな人だし。そう考えていたら自分の顔がすごく暖かくなっているのが感じられた。


 そして先生の目を見て話す。


「好きです…」

「うん。それだよ…」

「はあ…恥ずかしい…どうして先生は…そんな恥ずかしいことを言わせるんですか。」


 右手から伝える蓮の鼓動に喜ぶさくら。


「うん…?どうしてって言われても…好きな人に好きって言われたいのは普通でしょう…?」

「…」

「だって…蓮くんは何もしてくれないじゃん…」

「雪原さん…?えーとなんって言うか、まずは…何もしてはいけない立場ですよ…?私。」

「だから私から言わせるんだよーその言葉もけっこう好きだよ。私はー!」

「雪原さんが積極的に近寄ると…こっちも動揺するから…我慢してください。」

「ドキドキするんでしょう…?全部知ってるよー」


 俺の膝に座ってこっそり手を繋ぐ先生が笑っていた。どれくらいの時間が経ったのか、分からないほど幸せだった。頬を染めている先生の顔、どれだけ先生に抱きしめられていたのか…その温もりがまだ残っていた。


 しばらくこうやってソファに寄りかかる二人、静寂が流れる居間でさくらが蓮の肩に頭を乗せていた。


「蓮くん…私、めんどくさいでしょう?」

「え?いきなり…?」

「なんか…一瞬だけ、私のせいで蓮くんが巻き込まれたような気がして…」

「へえ…あの、雪原さんに一つだけ聞いていいですか?」

「うん?何…?」


 俺は先生のことを知っているから…なんでも受けてやる、その覚悟はできていた。じっとして先生に合わせるのもいいけど、たまには…俺から言ってみたかった。俺の気持ちってことを…


「雪原さんは私のこと好きですか…?」

「…へっ!?」


 びっくりした先生がこっちを見て慌てていた。


「いきなり、そんなことを言うの…?」

「早く、早くー」


 なんか悔しんでいる顔で頬を膨らませた先生が俺を睨む。


「す、好きだよ…」


 なんか恥ずかしすぎて体が溶けてるように赤くなってるけど、先生は本当に可愛い人だった。


「もういいでしょう…!」

「はい。だからめどくさいでしょうみたいなことは言わないでください。私は今まで雪原さんのことをそんな風に思ったことはないですよ。一度も…」

「な、生意気!高校生のくせに!」

「へえ…先生、顔真っ赤ですよ…?照れてるんだー!」

「あー!もう…知らない!私寝るから!蓮くん、おやすみ!」


 部屋に入ってベッドに横にしたさくらが頭まで布団をかける。


「はい。おやすみなさい…雪原さん。」

「…」


 そうやって、また一日が終わる。


 ———やはり余計なことは忘れた方がいいかもしれない。

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