第39話 二人の関係。−3

「まぁ…」


 その「まぁ…」を言い出した時、俺は頭の中でいくつかの選択肢を考えていた。

 「虫に刺された」「火傷した」「あざができた」とか思い出したけど…こんなことを言っても信じてくれる状況じゃなかった。何か納得させることを言わないと…てか、なんで俺が二人に突っ込まれるようになってるんだ。


「うん?」

「あ、その…」

「どうした…?」


 こんな些細なことにそこまで気になるのか…

 それより、今田の目はなんでキラキラしてるんだ。絶対何かあるって顔をした今田がこっちに手を出す、ますます近づく今田にびっくりした俺はついその手を掴んでしまった。


 一瞬の静寂、慌てた俺は掴んでいる手に力を入れてしまった。


「あっ…!」

「あ、ごめん。傷だ…気にしなくてもいい…ただの傷跡だから…」

「え…そう?」

「今田気にしすぎ…醜いから隠しただけだ。」

「へえ…?」


 今田を抱きつく朝陽がびくっとして今田の手を見た。


「香奈ちゃん大丈夫?」

「うん…大丈夫。ごめん、秋泉くん。」

「ちょっと気をつけろ!蓮。」

「ごめん…」


 そろそろ体育が終わる時間だから俺は二人がいるところから離れていた。

 暑苦しいから俺に気にしなくてもいいだろう。あの二人も最近は変わったような気がする、なんかしつこいって言うか…ちょっと違う、俺に何かを欲しがっているような言い方だった。


 余計なことをするって感じ…?気遣われてるって感じ…?よく分からない。とにかく俺に気にしないでほしいけど、水族館の時もしつこく電話したりL○NE送ったり…先に行かないって言ったはずなのに。


 一体、何がほしいんだ。


「はい!みんな集合!来週はテストするからちゃんと練習しておけ!」


 そしてやっと暑苦しい体育が終わった。


「蓮!」


 後ろから聞こえる朝陽の声を無視して早く制服に着替えた。教室に戻って机に伏せる、今日は誰とも話したくない…寝不足もあるけど、今は気になるのが多くて逆に疲れてきた。ちょっとだけ、俺は目を閉じることにした。


「おい!蓮!」

「…」

「しかとかよ…」

「秋泉くん、寝てる?」

「あ、本当だ。寝てる、なんだこいつ。」

「忙しかったかもね。」


 蓮が寝ているうちに二人で話していた。


「手首はどー?香奈ちゃん。」

「ちょっと赤くなったけど、痛くない。」

「てか、なんで蓮に手を出すんだ…?あいつ、こう見えても力持ちだから…」

「うん。ちょっと気になって…」

「何が…?あ、首のこと?」

「知らなくてもいいのー女同士の話だから。」

「なんだ…」


 そして昼休みになるまで俺は適当に授業を受ける。どうせ集中もできないから屋上で寝たいな…と黒板を見つめてサボることばかり考えていた。

 てか、今日は天気がいいから…気持ちいい日差しにうとうとしてしまう。


「起きて…」


 シャーペンで背中を刺す今田が小さい声で俺を起こした。


「…あ、ごめん。ありがとう。」


 あくびをして、ぼーっとして、ノートに何かを書いていたら昼休みになってしまった。気づいたら騒がしくなる教室、やっと屋上でゆっくり寝られる。お昼はいいからどっかで静かにいたい…


 緊張しすぎて頭がますます痛くなる…


「昼飯食べ…うん?」


 お弁当を出して蓮に話をかける朝陽が教室の中を見回る。


「どうした?朝陽ー?」

「蓮、どこ行った?」

「えっ?さっきまでここにいたのに…?」


 ———屋上。


 物陰で休むのが一番気持ちいい。

 静かで誰も邪魔しないから、涼しい風が吹いてくる屋上の隅で俺は一人で目を閉じていた。しばらく壁に寄りかかって寝ている時、誰か俺に近づいているような気がした。


 誰だろう…


「…」


 隣にいるのが感じられる。けど何も言わないし…黙々とこっちを見つめるだけだった。すると、首に貼っているファウンデーションテープを剥がす人にびっくりして目を開けてしまった。


「あら…起こしちゃった…?」

「先生…」


 そこにはなぜか先生がいた。


「せんっ…」


 左手で持っている缶コーヒーを俺の口に押し当てた後、右手でテープを剥がす先生。首筋についているキスマークが丸見えになった。人差し指で一つ一つ触る先生がすごく可愛い笑顔で首筋を見つめる、それは自分が作った作品に満足しているような顔だった。


「よくできたじゃん。」

「先生のせいで…困るのはこっちですよ…」


 ムカついて声を上げたった蓮はなぜかさくらの前でいじけてしまう。


「怒ってる?」

「先生のせい…です!」


 黙々と俺を見つめていた先生が耳打ちをした。


「反対側にもつけてあげようか…?」

「…」

「左側のように…欲しいでしょう…?」

「ダ、ダメです…」


 尻尾を巻く。


「じゃあ…これは誰のせい…?」


 人差し指でキスマークの方を指す先生が俺に聞いた。ここは誰もいない…返事によって変なことをされるかもしれない。ここは…本当にそう言うしかできないのか、次は必ず先生に勝つから…今度だけ負けてあげる。


「私のせいです…」


 何をにやついてる…


「でしょうー?強請ったのは蓮くんの方でしょう?」

「はい…」


 自分の話ならなんでも従う蓮を見て独占欲を感じるさくら。


「蓮くん、可愛い!」

「はい…」


 先生は俺がこんな時に抗えないのをよく知っている。その優越感に浸る顔も可愛い、もう…24歳の先生に俺は何を言ってるんだ。ったく…やはり先生には勝てないのか…でも、その顔も好きな俺が一番恥ずかしいと思う。


「ほら…素直に答えたらいいじゃん、それあげるからー先生は職員室に戻るね。」


 なんで缶コーヒーを渡して戻る…?しかも飲みかけのものを…


「俺は処理係か…」


 あ…これ先生の飲みかけ…


 ———さりげなく口をつけてしまった。

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