第12話 苦い、甘い。−3

 仕方がない…一か八かだ。

 二人が見守る中で俺たちも歌を始めた。友達とカラオケに来るのは…初めてだから、これもこれなりに緊張してしまう。昔の俺は歌が下手でみんなに言われたから…ちょっとだけ、トラウマが残っていた。

 

『二人でいたあの季節が…』


 そして山口の歌声が聞こえたきた。


『あの時のように、君のそばに、ずっとそのままにいたい…』


 メロディーもそうだけど、切ない歌詞だ。この曲はな…ある意味で嫌だったから歌うのを悩んでいた。でも俺は下手くそって言われてもこれだけはちゃんと歌えるように頑張ってた。


 そしてテレビから聴いた後、俺にまたこの曲を聞かせてくれた人がいた。

 この曲はあの時…先生が歌っていた曲だから、俺はいつか先生と二人でこの曲を歌える日を待っていた。約束はしてないけど、いつか来る日を待っているだけの馬鹿だった。


「来るぞ、来るぞー!」

「キャー!」


 ソファで騒ぐ二人。


『夜の街を、通りかかるあの時を私は覚えている…』

「えっ!なんだあれ!」

『すれ違って、知らないふりをした私はいつの間にか。』

「やばくない…?」

『あなたに手を出したんだー!』


 隣で蓮の歌を聴いていたみゆきがその横顔を見つめた。少し照れているけど、ちゃんと歌っている蓮の姿から目を逸らすことができなかった。両手でマイクを握って、その気持ちを抑えたみゆきが次いで歌う。


『叶わなかった…私たちの願いが、今もずっとそのままで心に残っている。』

『好きってー』

『好きってー!』

『ただ一言が…言えなくて。』

『まだ、扉の向こうで後悔をしている。』


「お…二人とも…なんか…すごい。」

「香奈ちゃん、山口さんって歌上手いね。」

「それより、秋泉くんも…なかなかやるじゃん。」


 なんかすごく恥ずかしいんだけど、やはりこの曲は嫌じゃなかったんだ…歌う時に思い出す先生の顔から勇気をもらっていた。隣にいるのは山口なのに、不思議だ…あの時のように隣で鼻歌を歌う先生の姿が見える。


『君のそばにずっと…ずっと…ずっと。』

『いられますように。』


 ここで高音を出す。


『恋したい君にー!』


「…」


 高音を出した俺は最後の歌詞を歌って歌を終わらせた。すごく長い曲だったな…あ、いけない、急に恥ずかしくなってきた。てか、みんなの前でこんな歌を歌っていいのかよ。一人でこそこそ練習していたけど、やはり下手くそだな…とか言われたらどうしよう…人の前で歌うのは初めて…だ。


「わー!なんだこれ!蓮…お前…嘘をついて…」


 大丈夫…だったのか。


「べ、別に…これ以外は全然歌えねーからだ。」

「秋泉くんもみゆきちゃんも綺麗な歌声だったよー」

「ありがと…香奈ちゃん…」


 俺は恥ずかしいことに弱いから目を逸らして下を向いていた。すると、隣に座っていた山口が俺の顔に気づいて、声をかけてくれた。


「秋泉くん…顔真っ赤…」

「えっ?」

「どうしたの…」

「な、なんでもない。」


 二人の話を聞いていた朝陽が笑いながらみゆきに話した。


「あのさ、蓮はさ。歌を歌うより歌詞が照れくさいんだから顔が真っ赤になってるんだよ。山口!あ、タメ口だったごめん…」

「いい、気にしない…」

「うるせぇー!朝陽。」


 その話を聞いた山口が俺を見て話した。


「そうなの…?」

「…ちょっとだけ、ちょっとだけだ。」

「ごめん…他の曲を選んだ方がよかったのに…」

「いや…山口のせいじゃないよ。」

「そう…?」

「うん、気にしなくてもいい。俺がそんなことに弱いだけだから。」

「うん…」


 騒がしいルームの中、俺のポケットから電話の着信音が鳴いた。


「あ、ちょっとごめん…」


 店長からの電話に出るため、ルームから出て隣の壁に寄りかかる。


「あ、店長?どうしましたか?」

「今日、急がないといけない用事があって俺の代わりに入ってくれないか、蓮。」

「そうですか、分かりました。今、友達とカラオケでコンビニまでは時間がかかるかもしれません。」

「分かった!なるべく早くできるか?頼むぞ。」

「はい。」


 店長、電話の向こうからすごくバタバタしてるように聞こえた。


「あのさ、みんなごめん…俺、バイト先の店長から電話が来て今すぐ行かないと…」

「もう帰るのか…」

「うん。」

「仕方ないねー今日は楽しかったよ。秋泉くん。」

「一曲は歌えたから、楽しかった…」

「ごめん…」


 そしてカラオケを出てコンビニまで走る…のは無理だ。歩いて45分くらいだからバス停も遠いし…あ…走るしかないか、迷う時間はないんだ。


 そうやってコンビニまで走る時、隣の道路から先生の声が聞こえた。


「あれ?蓮くんどこに行くの?」

「コンビニ…」

「バイトのこと?」

「はい…」

「乗って、連れて行くから。」

「あっ!ありがとうございます!」


 車に乗ってコンビニに行く時、先生が先に声をかけてくれた。


「カラオケ…懐かしいね。」

「見ていたんですか…」

「へへ…帰り道だったからねーカラオケから急いで出てくる蓮くんが見えたよ?」

「…偶然ですね。」

「それより!どんな曲を歌ったの?蓮くんは。」

「え、確かに恋したい君にってタイトル…」


 びくっとするさくらが蓮の方を睨んでいた。


「なんで…その曲なの…」

「なんとなく…」


 一番好きな曲を蓮にバレてしまったと思うさくらは、家から一人で歌っていたことを思い出して頬を染めていた。

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