第10話 苦い、甘い。

 休みの時間、俺は朝陽と一緒に自販機のところまで歩いていた。最近彼女ができた朝陽は俺に今田の話を、いや自慢ばっかりしていた。こんなやつに彼女なんて…今田も他の意味ですごいんだよな。


 3限連続で今田の話を聞くのも相当疲れる。その話を聞いていたら恋人すら作られない俺の立場が悲しくなってきた。でも、こいつ…すごく嬉しそうな顔をしてるし、本当に今田のことが好きなんだ。


「そう、蓮。」

「今日4人でカラオケどー?」

「カラオケ?」

「うん、俺と蓮、香奈ちゃん、山口さんでどー?」

「…カラオケか。」


 自販機の前に着いた二人はそれぞれ飲みたいジュースを考えていた。俺はBLACKが書いていた缶コーヒーを押して一口飲む、すると隣の朝陽からいやらしい顔で見られていた。


「なんだ…朝陽。」

「それ…コーヒー?」

「そうだけど。」

「コーヒーって…しかもブラック…それ不味くない?」

「普通だ。」

「俺はやはりコーラが一番いいなー」

「そうか。」


 まぁ…確かにブラックコーヒーって苦いけど、俺はなぜかこの味に慣れていた。実際家でもブラックで毎朝飲んでるからな…普通だ。しかし高校生がブラックコーヒーって似合わないのか、お前も甘いものいっぱい食べたらこの味を分かるかもな…


「それで…?行く?行かない?」

「俺…歌下手だぞ。行っても楽しめないし…」

「まぁまぁーそんなの気にせず、楽しもうぜ。遊ぶだけだから。」

「…分かった。」


 スマホの通知音。

 ポケットからスマホ出す朝陽は大きい声で「香奈ちゃん」と言っていた。どうやら今田に呼ばれたみたいだ。いきなりコーラを飲み切る朝陽を見たらなんとなくそんな気がした。


「蓮!ごめん、香奈ちゃんが呼んでるんだ。」

「知ってる。行ってこい。」

「おう!」


 まだ時間が残っているし、外の景色を見ながらゆっくりコーヒーを飲んでいた。


「今日は一人ですか?」

「先生…?」

「そんなにびっくりする必要ないじゃん…」

「タメ口…」

「二人っきりの時だけ…だよ…」


 今日の先生も綺麗だった。髪も縛って可愛いポニーテールをしているし、そんな先生を見ていると俺も朝陽みたいに普通のデートがしたくなった。手を繋いで街を歩いたり、美味いものを食べたりするそんな日はいつか来るかな…


「またぼーっとする!」

「はい?いいえ、先生こそなんでここに?」

「ブラックコーヒーが飲みたいから自販機まで来たけど、そこに蓮くんがいてね。ちょっと買ってくるね。」


 先生もコーヒーか、うん?コーヒー?しかもブラックって言ってたよな。それ多分…


「あ、ブラックコーヒーは…あれ、行っちゃった。」


 むっー!

 隣に戻ってきた先生がすごくムカついた顔をしていた。先俺が買ったブラックコーヒーが最後で、自販機にはもう売り切れって映し出していたからもっと早めに言っておいた方がよかった。


 先生はブラックしか飲まないから、学校の自販機にブラックコーヒーがいないのは先生にとって長い授業時間に耐える力を失うことだった。


「うう…」


 がっかりした先生の顔も可愛い、たまに子供みたいな顔を見せるのも先生の魅力だよな。


「あ、そう。これまだ半分以上ありますけど…飲みます?」


 先生に俺のブラックコーヒーを渡した。


「それ…」

「あ、飲みかけのものだからちょっと嫌かも…すみません。」


 と、言った後、いつの間にか先生にコーヒーを取られてしまった。慌てて先生の方を向いたら、すでに口をつけてコーヒーを飲んでいる先生がいた。


 しまった…すごい大胆なことを言っちゃった。


「そこは…」


 俺が先に口をつけた部分、そこに先生の口が…


「あれ…?このブラックコーヒーちょっと甘いかも…」

「え…?ブラックですよ。それ。」


 先生が俺のそばに来て、自分が飲んだコーヒーの缶を見せつけた。俺が口をつけた部分に先生の口紅がついて、それを見せつける先生が俺を見てほほ笑んでいた。


 …意地悪い。


「なんでブラックコーヒーから甘い味がするのかな…?」

「わ、分かりません…」


 缶を隣の窓枠に置いた先生が俺と目を合わせてこう話した。


「今度は間接キスしたから…次はこれにしよっか?」


 人差し指の指先で俺の唇を触る先生、その場で顔を赤めた俺は硬直して何も言えなかった。


「なーんちゃって♡」

「…」

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