第7話 我慢したい雪原。−2

「中学の時のクラスメイト…それだけだ。」

「へえ…そうなんだ。みゆきちゃんもこの学校に知り合いがいたんだ。あ!だから屋上に!」

「ダメッ!」

「え?なんの話?」

「…っ。」


 何か話そうとする今田の口を塞ぐ山口は慌てる顔で俺を見た。そんな顔で見られても俺は何もやってあげられないんだからな、でも山口がこっちにくるなんて珍しいことだった。


 しかも転校生って…


「な、なんでもない…!」


 このにぎやかな雰囲気も悪くないな…っていつの間にかお弁当を全部食っちゃった。スマホを出して時間を確認した俺はまだ残っている昼休みの間に先生のところに行こうとした。


「うん…?」


 立ち上がる前にL○NEが届いた。


 サクラ

『蓮くん、今どこー?』


 あれ、先生からL○NEが…?ただのL○NE、ただのメッセージなんだけど…なぜか俺の口角が上がっていた。先生が送ってくれたこのL○NEがすごく嬉しいんだ俺。二日間俺が送ったL○NEは全部既読状態でどんな返事もなかったから、先生に何かあったと思った。


 なんか怒ってるみたいだし…


「蓮、何かあった?嬉しそうだな…」

「え?いや、なんでもない。」

「へ…?」

「俺、行くから後で!」

「え?今?」

「うん!」


 そして屋上から降りて、先生に返事をした。


 返信、サクラ

『今2階です!』

 サクラ

『うん、私も2階の地学準備室の前にいるよー』


「地学準備室か…」


 俺は昼休みが終わる前に先生に何かあったのか、それが聞きたかった。先生の笑顔が見たいから…もうあの死んだ目は見たくない。挨拶も「うん。」じゃなくていつもの「おはよう。」が聞きたかった。


 2階の地学準備室に着いて周りを見回したけど、先生の姿は見えなかった。


「あれ…こっち以外に地学準備室あったっけ?」


 蓮がさくらにL○NEを送る時、後ろにある地学準備室の扉から人の手が出て蓮をその中に連れて行く。


「な、なに…!」

「シーッ。」


 先生…?


「…」

「何ぼーっとしてんの?そんなに会いたかった?」


 何も言えず、ただ頭を縦に振るだけだった。俺のネクタイを引っ張って本棚に「ドン!」と、生まれてから女性に壁ドンされるのは…初めてだった。俺が先生より6センチくらい高いけど…こんな時はいつも俺が下にいる。


 先生の目はいつも俺を見下していた。


「フンー」

「な、なんですか…怒っているかと思っていたのに…」

「うん?私が?なんで?」


 左手は本棚に、そして右手はネクタイを引っ張っていた。


「L○NEも返事が来ないし…学校からもなんか怒っているように見えるから…」

「全然…?」


 シャツのボタンが外している蓮の首筋に気を取られるさくら。


「蓮こそ、他の女の子と昼ご飯とか食べるの?」

「断るつもりだったんですけど…」

「けど…?」

「上手くできなかったから…」

「それが言い訳になると思うの…?」


 なんで毎回こうなっちゃうんだ。先生に何かあったのか…それが聞きたかっただけなのに、逆に俺が捕まってどうすんのよ。この目を見ると先生も本気で言ってるみたいだし、ここは謝るしかない。


 本棚に押し付けられて、先生とくっついているこの距離。俺を見下している先生がほほ笑む、そして耳元からこう囁いた。


 その時、先生の髪からシャンプーのいい匂いがして、黙々と先生と目を合わせた。


「前にも言ったよね?ただではすまないって…」

「…」


 何をする気ですか…先生…

 どんな話も口に出せなかった。近寄る先生の顔に気を取られて、息を止めて、顔を赤めて…すぐにでも触れるこの距離に目を閉じた。


「動いたら殺すよ…」

「…」


 そう言ってから地学準備室には静寂が流れた。何をしているんだろう…目を閉じていて何も見えないけど、先生がまだ俺の前に立っていることは分かっている。


 …何か少しずつ、何かが近づいているような気がした。


「うっ…」

「静かに…」


 何…?これ…何が起こっているんだ。首に…何かが…もしかしてこれは先生の唇…?変な気持ち…悪くはないけど、初めてだ。なんか、気持ちいい…


 蓮を前にして少し罪悪感を感じていたさくらはもう自分の気持ちを抑えるのができなかった。


「う…っ!」

「また声を出したら殺すから…我慢して。」


 その結果、さくらの心はすでに「そのまま行け!」って叫んでいた。ネットで調べた通りに蓮の首筋にキスマークをつけるさくら、そして赤くて綺麗なキスマークが蓮の首筋にできた。


「…」

「はい、これで終わり!」

「え…?」


 明るい笑顔に戻ってきた先生が俺の頭を撫でてくれた。


「ごめん…最近忙しくて…L○NEの返事もできなかったよね…」


 ———嘘である。


「それで…気分が悪くなったのは多分仕事のせいだから…別に何があったとかじゃなくて、大人の事情ってことよ…蓮くんにはそう見えたかな…ごめんね…」


 ———これも嘘である。


 全てはこのキスマークから始まる。

 小春から刺激を受けたさくらはどうしても蓮にキスマークを付けたくて、罪悪感と欲求の間で悩み始めた。そのおかげで寝る時間が減ってしまって気分がますます悪くなっていた。

 いつもスマホをいじるさくらは蓮から届いたL○NEに致命傷を受けて、返事する力すら残っていなかった。


 ———雪原さくら、変な考えが止まらない24歳の高校教師だった。


「そうですか…」

「私のこと信じるよね?」


 先生が笑ってくれた…


「はい…」

「私も蓮くんのこと信じるからねー先のは冗談だから気にしないで!」


 なんだ…仕事だったのか、よかった。俺は絶対何かあったと思って、心配してきたのに…でもこれでよかったと思う。


「あ、もう時間だ!蓮くんこれあげるから教室入る前にトイレで貼ってね。」

「は…い。」


 そうやって地学準備室から出るさくらはすごくスッキリした顔になっていた。


「でも…バレなきゃ何をしてもいいんだもんねー」


 真っ赤になった自分の顔を知らずに、職員室に戻るさくら。


 ———男子トイレ。


「何これ…!」


 さくらからつけてもらった赤いキスマークに気づいた蓮は、今更絆創膏をもらった意味を理解した。


「もう…先生…」


 ———そして教室。


 俺は隣席に座っている朝陽と今田に変な目で見られていた。こそこそ言っているのも聞こえるし…


「蓮、その首どうした?」

「虫に…痒くて…まぁ…」


 と、はぐらかした。


「……」

「……」

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