第4話 昨日のこと。−2

「落ち着いて…ください。雪原さん。」

「だって…あの女の人すごく積極的だったから…」


 先生は頬を膨らませて、人差し指でコンビニの方を指していた。

 すごくムカついたように見えるからなるべくいい話をしないと…でも先生が迎えに来るなんて、なんか嬉しい。せめられているところでこんな考えをするのが馬鹿馬鹿しいけど、すぐ前から見える先生の顔に集中ができない。


「外から見ていたんでしょう?」

「でも…!声は聞こえないから…」

「雪原さんが心配することはしません…」

「本当…?」

「はい。」


 それを聞いた先生は元の優しい顔に戻ってきた。一応先生が安心したと思った俺はそのままくっついてくる先生に抱きしめられることを予測していた。


 けど…


「蓮くん…次も他の女に笑顔を見せたらただでは済まないからね…?」


 耳元から囁く先生はそのまま両手を使って俺の脇腹を掴んだ後、つま先立ちをして耳を噛む。びっくとして、目を閉じた俺は素直に答えることしかできなかった。


「うっ…はい…」

「じゃあ、行こうー」


 ———先生に耳を噛まれた時についてしまった赤い口紅は家の鏡を見るまで気づかなかった。


 先生の車に乗って家に帰る時、俺は朝のことを思い出した。


「雪原さん。」

「うん?何?蓮くん。」

「昨日…何かあったんですか?」

「…」


 先生今びくっとしたよな…


「家に帰ったら教えてあげる。」

「へえー」


 なんか今日は疲れた…

 バイト先の吉川に今日だけ、事情があるって言われたから仕方がない。それでいつもよりシフトが長くなってしまった。まさか10時に終わるとは思わなかったけど、代わりに先生と会えたからそれでいいんだ。


 バイトのせいで今日は会えないかと思った…先生。

 疲れたせいでついあくびをしていまう。


 先生…


「先生…会いたかった…」

「え…?何?何?今の何!蓮くん!もう一回!聞こえなかった…」


 と、慌てて蓮に話をかけるさくらは寝落ちしている蓮に気づいた。


「なんだよ…もう…」


 そして家までその寝相をちらっと見ながら運転をするさくらだった。


「蓮くん?」


 先生…の声。


「起きてー着いたよ。」

「はい…」


 先まで駐車場から耳を噛まれていたけど、気がついたら先生の家に入っていた。


「蓮くん。これ味見して!」

「これ…は…?」


 台所から何かを持ってきた先生が味見してほしいと、俺に見せてくれたものはチョコレートだった。


「え?これは先生の手作りチョコですか?」

「そうよ!私が作ったチョコレートだよ!」

「お…」


 先生の手作りチョコレートか、これは嬉しいな…

 今日は本当にいいことばっかりで、やはりこの世に生まれてよかった。


「食べてみて!」

「はい!じゃあ、いただきます!」


 あれ、でも…先生は確かにチョコレートみたいなものが…

 まぁーいいか。


「ね?隣の武藤先生がね?急に…自分は彼氏にチョコあげたのに、さくらは作ってもあげる彼氏いないからねってからかってるから…本当にムカついたよ!」

「へえ…あの武藤先生なら音楽教師ですね?」

「そう。」

「だから、遅くなっちゃったけど…蓮くんに私のチョコレートをあげたかった。」

「はい!ありがとうございます!雪原さん!」


 先生の話を聞きながらチョコを一口食べた。


「どー?どー?どー!」


 ?


「…」

「どうしたの…?」


 ...?


 いや…これは確かにチョコレートだよな…?チョコレートってカカオの何かで作ったものだよな…?え?カカオ…カカオ…はこんな味?

 

 俺は今までチョコレートをもらったことがないから、そしてチョコレートもあんまり買わないから…いや、でもチョコレートは普通に甘い味じゃないのか。


「蓮くん…?」


 このチョコはなんでしょっぱい…?


「はい。」

「味は…」

「美味いです!」

「そう?よかった!」


 あ、そうだ。


「本当?美味しいの?」

「はい。」

「そのチョコ!蓮くんにあげる!遅くなったけど!」

「ありがとうございます。」

「へへー嬉しい顔をする蓮くんが好き!」

「恥ずかしいからやめてください!もう遅いから帰ります!」

「うん!」


 忘れていた…


 ———先生は甘いものを食べられなかった。


 蓮が出た後、一人でチョコレートが置いていた皿を見つめるさくらはこう呟いた。


「蓮くんが食べてくれた…」


 少女みたいに足をバタバタしているさくらは枕を抱いて蓮のことを思い出した。


「はあ…」


 そして満面に笑みを浮かべるさくらはそのままベッドに横たわって幸せな夢を見る。

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