第3話
俺は家に帰ると、ひとまず自分の部屋に戻った。
「怖気づきましたか?」
「してない」
キッとマモを睨む。
「どう言おうか考えているだけだ」
ベッドに腰掛けて俺は頭を抱えた。
「難しく考えることはありませんよ。ただ、思っていることをありのままに話せばいいことです」
「ありのまま、か」
俺は部屋を出て、リビングに向かった。そこで母さんはソファに座り、テレビを見てくつろいでいた。
「母さん、ちょっと話あるんだけど……」
「ん? 何?」
「俺、別の学校に転校したい」
俺が単刀直入に言うと、母さんはテレビを消した。
「今のところにはもう行けないの?」
「うん」
「クラスにいる子からいじめられているって前に話してくれたよね。三年生になってクラス替えするまで保健室登校も厳しいの?」
俺、理由をちゃんと話していたのか……。
「それだけじゃない」
「まだ何かあるの?」
「クラス替えすればって思った時もあったけど、俺がいじめられているのを知って、一年の時の友達が俺のことを避けているんだ。クラス替えしても、友達作るのは難しいと思う俺のことは他の奴にも広まっているし、クラスが替わっても、あいつらがまた来ないとも限らないから」
俺の居場所は、もうあそこにはない。味方は誰もいない。
「……わかった。お父さんには母さんが先に伝えておくから、学校探しは自分でやりなさい。学校決めたら、その時にまた自分の口からお父さんに報告しなさい。先生には電話しておくから」
俺は母さんの言葉を聞いた瞬間、ほっと胸を撫でおろした。また、それと同時に申し訳ない気持ちも抱いた。
「ごめん、ありがとう」
俺は部屋に戻って、携帯や財布など必要最低限のものを持つ。
「マモ、ここから近い図書館まで案内して」
「えぇ、わかりました」
俺は出掛けることを母さんに伝え、家を出た。マモに案内されるまま、地元の図書館に着く。一般の書架の方へ歩き、学校案内の本が並ぶ棚を探す。
「ここか」
大学や専門学校の分厚い学校案内の本の隣に、定時制や通信制の高校案内があった。俺はそれを手に取り、ページをめくって一通り目を通す。それを持ってカウンターへ向かった。
それから二日後、俺は純に連絡した。
「親に話して、許してくれたよ。今は転校先の学校を探していて、見つけた中から三校ピックアップした。見学の予約は入れたから、これから見て回って決めるよ」
「良かったじゃん。次どこにするか決まったら教えてよ」
「うん。ありがとう。純のおかげで助かった」
「別に俺はなにもしてないよ。話を聞いただけだ。学校決まって手続きが済んだら、また遊ぼう」
「うん、そうしよう」
また連絡すると告げて、電話を切る。
「あなたの希望が通りましたね」
読んでいた本からマモが顔を上げる。
「あぁ。今日まで色々思い出したよ。純に相談したことや、母さんが先生に話してくれたこと、俺がこれから父さんに学校のことを話すことも」
「そうですか。……それではもう必要なさそうですね」
「何が?」
本を閉じ、腰掛けていたベッドから立ち上がってマモは言った。
「この過去を振り返ることです」
「えっ?」
「次の段階に行きましょうか」
「それって……?」
その時、部屋の扉の向こうから、母さんの呼ぶ声が聞こえた。
「呼んでいますよ」
マモに急かされて、俺は扉を開けてリビングへ向かおうとした。
気付けば俺はあの世の書庫へ戻ってきていた。
「もういいのか?」
俺が開いた本を手にして、小人姿のマモが言った。
「えぇ、十分だと判断しました。今のはね」
マモは持っていた本を元の場所に戻す。
「まだあるのか?」
「探してみて下さい」
「せめて、純と遊んでからが良かったな」
「遊ぶために遡っているのではありません」
冗談で言ったのに注意された。性格悪い癖に、こういう時は真面目だな……。
俺は書架を巡り、必要な本を探した。一番奥の棚を見ると、最下段に一冊だけ本が収まっているのが目に留まった。気になって手に取ってみると、それは緑色の表紙の文庫サイズの本で少し分厚い。
「見つけましたね。では、開いてみて……」
「あのさ」
俺はマモの言葉を遮って、疑問をぶつけた。
「これって、いつまで続けるの?」
「それは今、私の口からは言えません。人によって振り返る回数は違い、それはその魂にとって必要な分です」
「一応、参考程度に訊くけど、多くてどのくらい?」
「生きた年月が長い人や、波乱万丈な人ほど多いですが、それでも五回まででしたね。少ない人は一回で済みます」
「ふーん。じゃあ、魂の見届け人って具体的に何しているの? 小人の格好をしているかと思えば、座敷童のコスプレしてるし」
「コスプレではありません。仕事用の制服みたいなものです」
間髪入れずにマモは否定した。
「見届け人とある通り、振り返る様子をそばで見ているのが基本です。私があなたに道案内したように、必要であれば手助けすることもあります。何故見届けるのかといえば、これは今後の裁判に大きく影響するからです」
「全部終わった後にまた裁判やるのか?」
「そうです。裁判はすぐに済み、そこで魂の進む道が決定します」
「ずっとこんなことしているのか? いろんな人の人生を見ていたら、気が滅入りそうだな」
「お休みの時間もあります。その際は、人間界へ行って息抜きしていますからご心配なく」
「え? 仕事でもないのにわざわざ行っているのか?」
「人間界に旅行に行くのは私の趣味です」
俺達の世界とやっていること変わんないな。
「結局、戻ったのが何で高二の時代だったんだ?」
「それは追々わかりますよ。さぁ、早く済ませたいなら本を開いて先に進めましょう。私もあなたが済めば他の見届け人と交代になるので」
あぁ、どうりで最初に会った時に急かされるわけだ。大した説明もなしに……。
俺はテーブル席まで本を持っていき、表紙をめくった。
最初に目に飛び込んできたのは、コーヒーだった。
「おいしそうですね」
その湯気が立つコーヒーを見ながら、座敷童のマモが頬杖をついていた。
「ここは……?」
思わずキョロキョロして周囲を見ると、どうやら俺はカフェにいるようだった。俺のテーブル席の向かいにマモが座り、周りには雑誌を読む老人や勉強している学生、パソコンをいじるサラリーマン、スマートフォンを片手にドリンクを飲む女性など、チラホラ人がいる。てっきり、俺の部屋から始まると勝手に思い込んでいたため驚いたが、ここで変にうろたえないよう、ひとまずコーヒーをすする。
……うん、おいしい。
「ここはあなたの家の近くのカフェです。今、あなたは誰かと待ち合わせをしている訳でもなく、一人でここに来ています。……寂しいですね」
「うるせぇ」
にんまり笑うマモに俺は小声で言った。
「ひとまず、コーヒーを飲んだら家に帰った方がいいでしょう」
俺は頷いて、再びコーヒーを口に運んだ。全部飲み終わると、俺のそばに置かれていた上着を着て、店を出る。
「あれ?」
カフェの幟を見て立ち止まる。季節のフルーツを使ったケーキが目立つ。
「これ、知ってる」
「それは、あなたが好きなケーキですよ。今日、あなたはこれを食べに来たのに完売になっていたので食べられなかったのです」
そうだ! 俺はこの桃のケーキが好きなんだよなぁ……。だから一人でここに来たけど、なかったからコーヒーだけだったのか。
「食べたかったな」
「あなたは生前、今の季節が来るとこのケーキを散々食べていたようですから、もういいでしょう」
「でも、もう食べられないってことだろ。今のうちに食べておきたい」
「食い意地が張っていますね」
羨ましそうにハンバーガーを見ていた奴に言われたくないし。
俺はマモについていく。外は雲一つない青空だった。歩きながら周囲を見わたすと、そこは地元ではないとわかった。
「ここの二〇四号室です」
辿り着いた先はアパートだ。
「俺、一人暮らし中?」
「はい。ちなみに、あそこに置いてあるバイクはあなたのものですよ」
駐輪スペースには、自転車が多くあるなかに黒いバイクが一台止まっていた。
「あぁ、思い出した……! 俺、これで職場に行っていたんだ。確か……スーパー? 高卒で働き始めたんだよな」
マモは頷く。
「先程より思い出すのが早いようですね」
「あ、やっぱり」
「無理もありませんね。今のあなた、いくつですか?」
とっさに自分の身なりを見たが、黒のジャケットに紺のシャツ、カーキ色のチノパンで私服じゃわからない。バッグからスマートフォンを取り出し、日付を確認して自分の歳を計算する。
「えっと……今、二十歳?」
「正解です。現在のあなたは二十歳です」
「二十歳って、俺が死んだ歳だよな?」
「そうです。あなたが生きた人生の中でも新しい方なので、思い出すのが早いのでしょう」
「いや、ちょっと待って!」
俺は焦った。背中に冷や汗が流れる。
「もう一回死ぬってこと?」
「それはわかりません。その前に書庫に戻るかもしれませんし、そうでないかもしれません」
俺は首を横にブンブン振った。
「絶対嫌だよ。どうやって死んだのかわかんないけど、何でまた死ななきゃならないんだ」
「すでにあなたは死んでいるのですから、問題ありませんよ。これはあなたが生きた時間を振り返っているのですから」
「そうだけど! でも、怖いだろ」
「では、同じ体験をしないように頑張ることです」
「俺次第で早く戻れるって?」
「そういうことです」
俺はひとまず階段を駆け上がってジャケットのポケットから鍵を取り出し、二〇四号室の扉を開けた。中へ入り部屋の中を確認する。キッチン、自分の部屋、洗面所、風呂、トイレ……。一人暮らしではあるものの、片付いていて散らかっているところは見当たらなかった。
一通り済んだら、自分の持ち物を調べていく。机の引き出し、本棚、テレビ周り……。
「あっ、これ俺が好きだった映画だ!」
洋画のシリーズもののDVDを発見し、自然と心が浮き立つ。
「せっかくだからこれを……」
スパン! と頭を叩かれた。
「いってぇな!」
ガンを飛ばしたら、同じように返された。
「もう一度死にたいのですか?」
くっそぉ……。
俺は仕方なくDVDを元の場所に戻した。続けて手提げやリュックの中を開けていく。
「これは……シフト?」
ファイルに挟まっていた紙の中に仕事のシフト表が入っていた。それを見ると、俺は有名なスーパーの社員で青果担当だった。俺以外にパートが五人、学生のアルバイトが三人、チーフが一人。この人が俺の直属の上司か。
出勤日を見ると、明日の朝から出勤だった。
「仕事か……。いきなりで大丈夫か?」
「少しずつ思い出せるでしょう。幸い、あなたは店長やチーフといった立場にあるわけではありませんから。わからなければ上司に訊けばいいですし、それが難しいなら私も手助けします」
-続-
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