番外編 単独任務(8)

 戦闘員事務所・屋上――。




 ゲキシンガーは、レドゥーニャとグレートチョイナーの戦いを見守っていた。戦う二人をよそに、階下からユノ隊の平従者達が駆けつけてきて、全裸で倒れている六人を運び出していく。


 六人を運び終えた数名の平従者達は、戦いの様子を見るために再び屋上へ駆け上がってきて、入口付近から固唾を飲んで事の成り行きを見守り始めた。


「ハアアアアアッ!」


 レドゥーニャは白く滑らかな肌を汗で輝かせ、両の掌に魔力を凝縮させる。


 その上半身はいくつも相手の攻撃による打撲痕ができており、既に息は荒い。


 レドゥーニャの突き出した掌から、漆黒の闇の波動が放出されグレートチョイナーに襲いかかるが、グレートチョイナーは落ち着いた様子でハンマーを振るい、闇魔法を拡散させる。


「なっ!?」


 失意の声を上げるレドゥーニャ。グレートチョイナーは構わず地面をハンマーで叩く。屋上の石畳が割れ、亀裂がレドゥーニャに向けて進んでいく。


 そして、亀裂は鋭利な石畳の破片を矢のように噴出させ、左右に大きく広がるレドゥーニャの八本の脚を次々と傷つける。


「あ、あああっ!?」


 巨大な体躯によりレドゥーニャは回避行動が取れず、鋭い破片のほとんどをその身に受けた。


 グレートチョイナーはすかさずダッシュしてレドゥーニャに肉薄し、彼女の巨大な蜘蛛の下半身の真下に潜り込み、ハンマーで思いっきり突き上げた。


「嫌あああああっ!」


 レドゥーニャは遥か真上に吹き飛ばされ、そしてまた落ちてくる。落下地点にはグレートチョイナーがハンマーを構えて待ち受けている。渾身の力を溜めて。


 レドゥーニャは落下しながらもグレートチョイナーに向けて糸を放出した。糸はグレートチョイナーの体に覆い被さるが、グレートチョイナーは持ち前のパワーで糸の粘着力をものともせず、力任せにレドゥーニャを殴り飛ばした。


「がふっ!」


 糸の拘束を筋力で解決したごり押しの一撃がまともに入った。レドゥーニャは床を滑り、ゲキシンガーの脇でぐったりと倒れ込んだ。


「ふんっ!」


 グレートチョイナーの全身から黄色いオーラが爆発したように放出され、彼の体にまとわりつく糸が全て吹き飛んだ。彼は全くの無傷である。


 一方、レドゥーニャは既に満身創痍の状態であった。


「そこまでだ」


 ゲキシンガーが二人に向けて言う。


「ふ、ふざけないで……このぐらい……」


 八本の脚を震わせながら立ち上がったレドゥーニャだったが、自分の体を支えきれず、脚をくねらせながらすぐに崩れ落ちた。床を打つ一瞬の鈍い音。


 グレートチョイナーはそれを見て、構えを解いた。


 ゲキシンガーはレドゥーニャとグレートチョイナーの双方を目に映しながら、この戦いをざっと振り返る。


 終始レドゥーニャは感情的であり、グレートチョイナーは冷静に対応していた。間違いなくグレートチョイナーの立ち回りの方が上手い。


 常に自分のやりたい戦法ではなく、相手の嫌がる戦い方を選択していたし、大胆な『ごり押し』をするタイミングもよく心得ている。


 一方、レドゥーニャは激情に駆られて自ら勝利の可能性を低くしていた。しかし、それを抜きにしても素の実力はグレートチョイナーの方が上に思えた。


 倒れていた六人を運びだした平従者の一人が、戦いが終わったのを見て、ボロボロのレドゥーニャに回復薬を差し出した。


 レドゥーニャは彼を睨み、無言で差し出された薬を取り、飲み干した。そして空になった薬の容器を、ぞんざいに平従者に押し付けた。礼の一つも言わずに。


「んっ、はぁ、はぁ……」


 金髪の縦ロールを揺らしながら、肩を上下させ息を切るレドゥーニャ。ゲキシンガーはその様子を見て、今日何度目かの溜息をついた。無様だな、と一言言ってやろうかと少々迷ったが、やめておいた。


「すまんな」


 レドゥーニャの代わりにゲキシンガーは平従者に軽く礼を言った後、「さて、と……」とこぼしながらレドゥーニャとグレートチョイナーの間に入った。







「それじゃ私はこれで。せいぜい頑張って下さい」


 ジャベリガンはそう言ってヴィクトやダイアン達と別れた。


 少しは場の空気が良くなってきたところで、キャプテン・ダマシェを監視している冥王軍の野営地が見えてきた。


 その場から動かない地縛霊とはいえ、悪霊に絶対はない。もしかしたら他の場所へ犠牲者を求めて動き始めるかもしれない。そのために常に観測は怠らないのだ。


 ダイアンが冥王軍に、これからヴィクトが討伐に向かう旨を説明した。冥王軍側には、ワルキュリア・カンパニーに依頼がかかったことが既に伝わっていたので、スムーズに話は通った。


「じゃあ、行ってくる」


 ダイアンと彼の部下達に挨拶をし、ヴィクトは独り、キャプテン・ダマシェの元へ向かった。


 観測をしている冥王軍の兵士が先導すると申し出たが、丁重に断った。


 一歩一歩大地を踏みしめて歩いていく。地面からか空気からか、ヴィクトの全身に邪気が伝わってくる。


 底知れぬ、まるで死に向かって進んでいるかのような恐怖と付き合いながら、ヴィクトは腰の鞘に手をかけ、気を静めた。


 ふと、ヴィクトは補助魔法効果固定装置の存在を思い出し、その存在を確認する意味で、コートの右側の外ポケットに手を入れた。


 ない。


「あれ?」


 左側のポケットや内ポケットも探したが、補助魔法効果固定装置の手触りがない。間違いなく入れたはずなのに。


 ヴィクトの心中に焦りが芽生える。立ち止まり、改めて体中を探してみたが、やはり見当たらない。


 自分がどこかで落としたのか。記憶を辿るが、定かではない。自らの手落ちが発生しそうな箇所は? やはり考えても思い浮かばない。


 はっきりしているのは、今自分は補助魔法効果固定装置を持っていないということ。それは紛れもない事実。


 ヴィクトはすぐさま反転し、来た道を引き返した。


 不測の事態発生。キャプテン・ダマシェは地縛霊ゆえ他の場所へ移動する可能性は低い。


 以上の状況を鑑み、ヴィクトは撤退の判断をしたのである。


「どうしました?」


 ダイアンやその部下達、そして冥王軍の兵士達が戻ってきたヴィクトに駆け寄る。


「ちょっとトラブル!」


「トラブル?」


 ダイアンが聞き返す。


「能力を大幅に上げる補助アイテムを用意してたんだけど、どっかで落としたのか見つからない」


「あっ、そうですか」


「一旦屋敷へ戻ってもう一回もらってくる! すぐ戻る!」


 ヴィクトが魔方陣マットのあった場所まで走って戻ろうとする。


「あ、待って下さい。それでしたら自分が行きます!」


 ダイアンが名乗りを上げて、ヴィクトの前に出た。


 ここでヴィクトを走らせて体力を消耗させるよりは、他の者が取りに戻った方が良い。


「いや、駄目なんだ。あの装置は能力アップの魔法をずっと維持できるってやつなんだけど、俺ウィーナ様に補助魔法かけまくってもらってたから。だから俺自身が行かないと駄目なの」


「なるほど。……あっでも魔方陣マットってこっち側から使えるんですか?」


「大丈夫。ファウファーレが一度繋げてそのままにしてあるから」


「了解しました。お気をつけて!」


「うん、すぐ戻る!」


 そう言ってヴィクトは移動魔法『バーニア』を唱えた。


 足を動かさずとも、足から魔力が推進剤として放出され、地面を凄まじいスピードで滑走する。




 こうしてヴィクトはすぐさまウィーナの屋敷に帰還し、ウィーナに事情を説明した。


 ウィーナは直ちにシュドーケンに補助魔法効果固定装置を持ってこさせ、補助魔法をヴィクトにかけ直した。


「念のために二、三個持っていけ」


「アッハイ」


「もう失くすなよ」


「はい。すみません」


 ヴィクトはウィーナから予備の装置を持たされ、再びハッチョウボリー地方の野営地へ戻ってきた。




「只今戻りました!」


 ヴィクトがバーニアの魔法で凄まじい砂煙を巻き上げながら、猛ダッシュでダイアンの部下や兵士達の前で急ブレーキした。


 彼の全身はウィーナのパワーアップ魔法によって全能力が何倍にもなり、凄まじい魔力とオーラが渦巻いていた。


「早っ! もう戻ってきたんですか!?」


 ダイアンの小隊の部下の一人が、目を丸くして驚愕していた。


「いやぁ、ごめんごめん。申し訳なかった。また装置もらって、ウィーナ様に魔法かけてもらってきたから。じゃあ俺行くからダイアンには伝えといて」


「はい」


 そう言ってヴィクトが再びキャプテン・ダマシェの元へ向かおうとすると、野営地の奥、冥王軍の張ったテントの前に置かれた丸テーブルに、ダイアンとジャベリガンが向かい合って座っていた。


 何やら二人で渋い顔をして話している。なぜ別件に向かったはずのジャベリガンがいるのか。


 ヴィクトは様子が気になったので、出陣前に彼らに顔を合わせていくことにした。


「ダイアン! 悪かった。戻ったぞ!」


 ヴィクトは、まずダイアンに声をかけた。


 ダイアンとジャベリガンが振り向く。ジャベリガンは露骨に眉をしかめ、怪訝な顔をしていた。


「これはこれはヴィクト殿、聞きましたよ。何かアイテムを紛失したんですってぇ?」


「ああ、今またもらってきた。ところでジャベリガン、集金は終わったの?」


「いや、やっぱりあれからヴィクト殿のことが心配になったもんでね、ちょっと戻ってきたんですよ」


 ジャベリガンが曇った目つきをヴィクトに向ける。その目が投げつける負の感情が、ヴィクトの胸中にチクチク刺さる。


「これは単独任務だからその心配は無用だ。そもそも俺に付き合わされるのは迷惑だって言ってなかったっけか?」


 ヴィクトも突き放したような言い方をあえてする。


 しばらくジャベリガンは唇を曲げ、沈黙してヴィクトを見つめていたが、やがて人の悪そうな笑みを浮かべた。


「やれやれ……。必要なアイテムを失くすなんて初歩の冒険者でもしませんよ。まったく人騒がせな話だ」


「悪かったな。お前わざわざ嫌味言うために戻ってきたの? こっちに関わるの嫌なら自分の役割を果たせよ」


 ヴィクトが言い返すと、ジャベリガンは少し悔しそうな表情をし、すぐまた人を馬鹿にしたような笑顔に戻った。


「……ま、いいでしょう。健闘を祈りますよ」


 心にもないであろうことを言い捨て、ジャベリガンは腰を上げ、その場を去っていった。


「何なんですアイツ? てっきり集金の方に行ったもんだと思ったら、ふらっとここにやってきて、ヴィクト殿がどうしたかって根掘り葉掘りしつっこく聞いてくるんですよ」


 ジャベリガンが視界から消えた後で、ダイアンが苛立った口調で言った。


「ほっとけ。じゃあ、今度こそ行ってくる」


 ジャベリガンの行動に少々違和感を感じるが、今は任務を果たすことだ第一だ。


「お気をつけて!」


 ダイアンに見送られ、ヴィクトは今度こそキャプテン・ダマシェ討伐に赴いた。







 戦闘員事務所・屋上――。






「じゃ、約束通り謝らないとな」


 ゲキシンガーがレドゥーニャに促す。


 回復薬も飲み、もう十分動けるはずだ。


 しかし、レドゥーニャは血走った目でグレートチョイナーを睨みつけ、謝罪しようとしない。


「兄貴達のこと、部下達のこと、ちゃんと謝ってくれ。それで水に流す」


 グレートチョイナーも小柄な体を反らし、レドゥーニャを見上げて睨み返す。


「くぅぅ……」


 レドゥーニャは歯をぎりぎりと食いしばりながら、八本の脚を折り、グレートチョイナーに頭を下げかけた。


 しかし、そこからなかなか頭が下がっていかない。プライドが邪魔して頭を下げるのに腐心しているのか。


「おい」


 ゲキシンガーが再び促す。


 すると。


「私は……認めないっ!」


 突如レドゥーニャは上体を起こし、八本の脚を素早く動かして前方に疾走した。


「あっ!?」


 不意を突かれたグレートチョイナーは反応しきれずにレドゥーニャの通過を許した。


 ユノの繭はもうレドゥーニャの目の前。


 レドゥーニャは繭に向かってジャンプして、繭の上に着地すると、八本の長い脚で真下の繭を包み込むように、がっちりとクリンチした。


「私絶対悪くない! ユノ殿が任務に行けばいいのよっ!」


 レドゥーニャは怒りに任せ、全ての脚を震わせた渾身の力で繭を潰さんとする。


 繭は圧迫され、ぎりぎりと軋み、変形していく。


「き、貴様っ!」


 ゲキシンガーは勝負の約束を無視したレドゥーニャの行為に怒りを滲ませた。


 慌ててハンマーを持ち直したグレートチョイナーと共に、繭に向かって走る。


 そのときだった。


 レドゥーニャの八本の脚で締め付けられた繭が粉々に砕けたのは。


「なぁっ!?」


 グレートチョイナーが、ゲキシンガーが、野次馬として戦いの行方を見物していたユノ隊の平従者達が、驚きの声を上げた。


 その瞬間、割れた繭の内側からまばゆい、イエロー、マゼンタ、シアンの光の筋が幾重にも飛び出してきた。


「キャアアアーッ!」


 レドゥーニャは自分で繭を破壊したにも関わらず、腕で顔を覆って悲鳴を上げた。


「ユノ殿!」


「ユノ!」


 ゲキシンガーとグレートチョイナーが目を凝らして繭の放つ光に目を向けると、そこから一対の羽が生えた人型のようなシルエットが光に包まれ、凄まじい、爆発的なエネルギーと共に、遥か天空に一筋の光の柱を描きながら、まるで噴火するかのように上昇していくのを見た。


 そして、その光の軌跡は、ハッチョウボリー地方へ向けて飛んでいき、一瞬で見えなくなった。


「レドゥーニャ!」


 ゲキシンガーはレドゥーニャに叱責している場合でもなく、彼女の安否が気になり、急ぎ彼女の元へ駆け寄った。


 レドゥーニャは自分が壊した繭の破片の中心で、呆気に取られたような表情で冥界の空を見上げていた。


 そして、グレートチョイナーやその場にいたユノ隊の隊員達も、同じように呆気に取られて空を眺めることしかできなかった。







 ウィーナがヴィクトに補助魔法をかけて再び見送った後、騒ぎの様子をうかがいに戦闘員事務所向かうべく、屋敷の正面玄関を出たそのときだった。


 彼女は空に一筋の光が過ぎり、ハッチョウボリー地方の方向に飛んでいくのを見た。


「ユノ……」


 ウィーナは顔を上げたが、既にそこには普段通りに薄暗い冥界の空が広がるだけであった。







 ダオルは自分の執務室に戻って、吉報を待っていた。


 ジャベリガンが上手いことやって、ヴィクトを任務失敗へと仕向けることを。上手くいけば戦死もあり得る。


 そうすれば、ダオルの軍閥がワルキュリア・カンパニー内で勢力を拡大することに対して反発してくる、厄介な人物を一人減らせる。


 ヴィクトはウィーナのお気に入りで、表立っての行動は難しい。故に、こういうチャンスを待っていたのだ。


 そんなことを考えているときに、ダオルの執務室が一瞬光った。


 すぐにダオルは窓を開け、空を見た。


 一筋の光。


「この力の気配……! まさか、ユノか!」


 ダオルは思わず独り言を吐いた自分に気付き、一瞬ながらも動揺してしまった自分自身への怒りで、歯をぐっと食いしばった。







 ヴィナスは王都の野外の舞台で、他のValkyrie5のメンバー達と共に、ヴィクトを心配しながらもファン相手に演武を披露しているところだった。


 ステージ上で巨大な剣を細身の腕で振り回し、ファン達の喝采を浴びる中、ヴィナスは一瞬、空を横切る一筋の光を見た。


 不思議な気持ちはしながらも、彼女は決して演武を止めることはせず、偶像アイドルとしての笑顔を、彼女が嫌悪するファン達キモヲタ共に振りまいていた。







 ジャベリガンは苦々しい思いを胸に、ハッチョウボリー地方の領主の屋敷へ未払金の取り立てに向かっていた。


 道中、ダオルの命令によりヴィクトの任務を妨害したが、ヴィクトは事前に補助魔法効果固定装置がないことに気付き、取りに戻ってしまった。


 元々気に食わなかったヴィクトを潰せる良いチャンスだと思っていたが、これでは戻った後、ダオルから叱責を受けるだろう。


 怒鳴られ罵倒されるか、ネチネチ嫌味を延々と言われるか。機嫌が悪いと殴り飛ばされることまで十分あり得る。


 副社長の下で働くのは楽ではないのだ。甘っちょろいヴィクト隊如きとは、根本的に厳しさが違うのである。


「あああっ! クソッ! クソッ! クソッがぁっ!」


 道中遭遇するモンスターの脳天に、聖なる呪文が刻み込まれたメイスを振り下ろし、並の冒険者では太刀打ちできないような強力なモンスターを、怒りに任せて片っ端から殴り殺していく。


 ジャベリガンはストレス解消のため、まるでいぶすかのように、モンスターが不快に感じる殺気を周囲に放出させ、あえてモンスターを呼び寄せるように歩いていた。


 次々に襲いかかってくるモンスター達をジャベリガンはメイスや聖属性せいぞくせいの攻撃魔法で片っ端から血祭りにあげ、八つ当たりの犠牲者を作り続けた。


 彼の歩く跡にはモンスターの屍の山ができた。


 そんなときだった。


 彼の真上を一筋の光が駆け抜け、冥王軍の野営地へと飛んでいったのは。


「んあ!?」


 ジャベリガンは少しだけ驚きを見せ、後ろを振り向いたが、すぐに興味を失って歩みを進めた。


(くそっ! 腹立つな! 領主の野郎! こうなったら腹いせで殊更厳しく取り立ててやろう)


 魔物の返り血で血まみれになりながら、彼は領主の館に辿り着いた。


 その恐ろしげな様子をした客人を見た途端、領主は恐怖で縮みあがり、未払金を耳を揃えて支払ったのであった。







 冥王軍の野営地。


 ダイアンの小隊や駐留している冥王軍の兵達は、独り戦いに臨んだヴィクトの帰りを待っていた。


 そのとき、ダイアン達の上を鮮烈な光が過ぎり、キャプテン・ダマシェの縄張りへと一直線に向かていった。


 ダイアンは大きな平べったいクチバシを開いたまま、意識が光に持っていかれたかの如く、呆けた表情でその方角を眺めていた。


 彼らにはその光が何なのかは分からなかった。


 ダイアンは、自らがいかにあがこうが、もがこうが、結局はここにいる凡人達の手の届かざる所で物事は動き、決着していくのだと、ぼんやりと、思った。


「何だろう? 今の光」


 ダイアンの部下が何となしに言ったが、ダイアンは答えず、代わりに深い溜息をついた。







 ヴィクトは剣を構え、闘気を研ぎ澄ませ、キャプテン・ダマシェと対峙していた。


「何だ貴様はぁ!? このキャプテン・ダマシェ様に逆らう者は一人足りとて生かしておけんぞ! ぐははははははっ!」


 不敵に笑うキャプテン・ダマシェは、巨大な海賊の顔だけの悪霊である。


 しかも、ただの顔だと思ったら大間違いだ。


 顔の中央に口があり、その口の上下に鼻がついており、更にその鼻の上下に目が二つずつ。頭と顎に相当する部分は髭とも頭髪ともつかぬ体毛が生えていた。


 上下どちらから見ても顔のようになる構造をした化物だった。


 ヴィクトはウィーナにかけてもらった補助魔法の時間制限がなくなっていることにより、普段より遥かに高い戦闘力を維持し続けていた。


 これなら勝てる。


 ヴィクトが希望を胸に、キャプテン・ダマシェに斬撃を浴びせるべく大地を蹴ったそのときのことだった。


 突如戦いの場に一条の光が走り、キャプテン・ダマシェの大口に風穴を開けたのだ。


「あば、あががぁ!?」


 キャプテン・ダマシェが後ろを振り向き、自分の口を貫通した存在を確認する。


 そこにあったのは、一対の羽を広げて眩い光を纏う、虹色に輝く外骨格に覆われた男の背中であった。


「あ、あが、あががが、あがああああああ! ああああわあああああああっ!!」


 キャプテン・ダマシェは断末魔の叫びを上げながら、自らも光を放ち掻き消えようとしていた。


 ヴィクトは咄嗟に鎮霊石ちんれいせきを取り出し、キャプテン・ダマシェに向けてかざした。すると、キャプテン・ダマシェはそのまま鎮霊石に吸い込まれていく。


 ヴィクトは見た。


 光に包まれた人物はユノであった。


 虹色に輝く彼はゆっくりと下降し、柔らかく地面に降り立った。


 ふっと、音もなく、彼を包む光は消え、虹色に輝いていた外骨格はいつもの赤紫色の輝きに戻る。


 ユノは無表情でヴィクトに振り向く。


「どうしてヴィクトがここにいるです? こいつは僕の相手です。僕の手柄横取りしたです?」


 それを聞いたヴィクトは剣を鞘に収め、顔を若干斜めにし、しばし自らの口から出すべき言葉を探した。


 そして出てきた言葉が。


「一発、殴っていいか?」


 ヴィクトは鎮霊石をポケットにしまい、軽く拳を振り上げてみせた。


「ウィーナ様にパワーアップしてもらった力で、ですか?」


 ユノは無表情のまま言い返す。


 彼はヴィクトが発するオーラを一目見て、ウィーナに補助魔法を重ねがけしてもらっていることを見抜いていた。


「……はあ、疲れた」


 ヴィクトは溜息をつき、拳を下ろす。


「じゃ、俺は帰るから」


 徒労感に打ちのめされたヴィクトはそれだけ言うと、野営地への帰路についた。


「僕も帰るです」


 ユノは再び羽を展開して空を飛び、王都へ向かって飛翔した。







 今回の一件で、ユノは減給と始末書。


 レドゥーニャは厳重注意を受け、破壊した事務所の全額弁済が課せられた。


 筋肉増強剤を飲んで暴走し、パイポー、グーリンダイ、ポンポコピーを意識不明の重体に陥らせたバッフンバーは停職六ヶ月の処分となった。


 停職六ヶ月とは、組織としては遠回しに依願退職しろと言っているのだが、バッフンバーは六ヶ月休んで組織に復帰した。






 そして、ジャベリガンはハッチョウボリーの領主から16万Gを取り立てた後、その金を持ったまま行方をくらまし、二度とウィーナの屋敷へは戻ってこなかった。




<終>

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やるせなき脱力神番外編 単独任務 伊達サクット @datesakutto

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