番外編 単独任務(2)

「例の、ロシーボ殿に託された設計図です」


 ロシーボ隊の自称副隊長・シュドーケンがウィーナの前の卓上に大きな紙を広げた。


 細かく縦横に無数の図と線が緻密に描き込まれた、砲のような設計図。ロシーボが考案した『キャプテン・ダマシェだけを倒す機械』である。


 ウィーナはその設計図を覗き込む。一応眺めるが、設計図の構造はウィーナにはよく分からない。彼女には魔法文明の知識はあれど、ロシーボの種族が依拠する科学文明の知識がないのだ。


 シュドーケンがやや勿体ぶった様子で軽く咳ばらいをし、言葉を続ける。


「これはですね、ロシーボ殿がキャプテン・ダマシェに殺された者の死体に付着していた微量な精神データをメモリーナイフに……」


「原理はいい。『科学』は分からん。要は、これでキャプテン・ダマシェを倒せると?」


 ウィーナがシュドーケンの説明を遮り、単刀直入に結論を問う。


「あ……は、はい」


 出鼻をくじかれた様子でシュドーケンが答える。


「他の悪霊には効かないのか?」


「効きません」


「他の魔物や人に向けて撃っても効かない?」


「はい」


「ではキャプテン・ダマシェを倒した後、これは何に使える?」


「もう使い道がありません」


 シュドーケンが元々渋い造形の顔つきを、更にしかめっ面にして答えた。苦虫を噛みしめているような表情だ。


「そんな顔をしたいのは、話を聞いている私の方だ」


 文句を言うウィーナ。キャプテン・ダマシェにしか使えない兵器など、一回こっきり使って終わりではないか。


「すいません」


 不在のロシーボの代わりにシュドーケンが謝る。


「これだけのものを作るのに、いくらかかる?」


「はい、概算で、47万G」


 シュドーケンの言を聞き、ウィーナはしばし口を結んだ。


 ロシーボは仮に例の任務を35万Gで競り落としたとして、キャプテン・ダマシェを倒すのに47万Gかけてこれを作るつもりだったのだろうか。話にならない。


 しかもロシーボは、大抵製作費を安く見積もり、いざ作るとなると、大抵の場合費用が膨れ上がっていく。


 予算の計算が相当に甘いのか、それとも何とかウィーナの許可を得ようとして意図的に安く見積もっているのか、それは分からない。


「ロシーボには悪いが、キャプテン・ダマシェを倒すためだけにそれだけの金をかけることはできない」


「しかし、キャプテン・ダマシェは倒せます」


「実際キャプテン・ダマシェ相手にテストはしてないのだろう?」


「はい。それは実際ハッチョウボリーで奴に会わないと駄目なんで」


 対費用的な問題で既に話にならないというのに、ぶっつけ本番で実戦に投入するなど輪をかけて話にならない。


 それで仮にこの兵器がキャプテン・ダマシェに通用しなかったらどうしろというのか。キャプテン・ダマシェにしか威力を発揮できないような代物だと、他の悪霊や魔物相手にテストすることもできない。


「性能に確証が持てない。やはり駄目だ」


 ウィーナはロシーボの提案を却下した。「分かりました」と設計図を拾い上げ、クルクルと丸めるシュドーケン。特段、残念そうな表情はしていなかった。


 シュドーケン自身も内心無理筋な提案であると思っていたのだろう。


「あと、ロシーボ殿に託されたものがもう一つあります」


「何だ?」


 今度はもう少しマシな提案ならいいのだが。


 シュドーケンが卓上に置いたのは、灰色の金属の、掌に収まる程の箱のような物体だった。


「これは、『補助魔法効果固定装置』です」


「ほう」


「能力をアップさせる補助魔法は普通、短時間で切れてしまいますが、これを対象者の防具に取り付ければ、数日は効果が続くんです」


「これがか……」


 ウィーナが金属の箱を手に取り、まじまじと見つめる。


「これはもう完成品で、十分効果を実証できてます。一個当たり、五千Gあれば作れます。これを出発前のヴィクト殿に付けて、ウィーナ様の魔力で能力アップをかけまくればいいのです」


 確かに、勝利の女神・ウィーナの力で能力アップの補助魔法をかければ、ヴィクトのステータスは何倍にもなる。


 その効果が数日続くとあれば、キャプテン・ダマシェは難なく倒せるであろう。


「数日というが、具体的に何日ぐらいもつ?」


「かける魔法によってバラつきはありますが、四、五日は。ただ使い捨て形式で、何回も使えたりはしません」


「採用だ!」


 ウィーナは即断即決した。これは使える。一回限りの使い捨てだとしても、一個五千Gなら安いものだ。


「ビート」


「ハッ」


 ウィーナは執務室の隅に立つビートを呼んだ。黒光りする外皮に覆われた昆虫系種族の平従者で、ファウファーレが秘書官を務める前から、ウィーナの給仕や荷物持ち、魔動車の運転手など、付き人的な役割を果たしている男である。


 ビートはウィーナの護衛も務めており、『ワルキュリア・カンパニーで最も安全な職種』と言われている。


「ヴィクトに出発の準備が整ったら、私の所へ来るように伝えろ」


「ハッ!」


 ビートはハキハキと執務室を出ていった。







 ヴィクトは、ウィーナと対面してユノの任務を引き継いだ後、戦闘員事務所に戻って出発の支度をしていた。


 そこに一人のヒューマン系統の男がやってきた。ヴィクト隊所属の準幹部従者・ゲキシンガー。


 彼は任務を終えてここに戻ってきたばかりのようだ。青い鎧に赤いマント姿。腰には長剣の鞘を携える。これならごくごくオーソドックスな剣士風の出で立ちだが、それ以外の部分が普通ではない。


 兜には東国のゴーストが頭につけるような三角の天冠、側頭部には呪いの力を持つ蝋燭が一本ずつ差してある。右手には祈祷用の祓い棒を携帯し、右手首の装甲には先端がランスのように鋭い巨大なコンパスが、不格好な鉛筆と共に取りつけられている。


 そして左手の盾の表面には巨大な藁人形が釘で打ち付けられている。そして首には謎のカメラをぶら下げている。何とも禍々しい完全武装の出で立ちだ。


 ゲキシンガーは平従者達の無駄話で賑わう狭い事務所の中を、机の列を縫うようにヴィクト隊隊長のデスク目指して歩んでいき、鋭い目つきでヴィクトに目を向けた。


「ご苦労さん。無事終わった?」


「問題はない」


 ゲキシンガーは軽く返し、ヴィクトの肩を叩いて「ちょっといいか」と小声でささやいた。おそらく単独任務の件だろう。


鎮霊石ちんれいせきは出してきた?」


「うん、出して終了報告してきたとこ。もうウィーナ様の浄化待ち」


「分かった。とりあえず着替えてこいよ」


 ゲキシンガーが普段着に着替えて戻ってくる間に、ウィーナ隊の平従者・ビートがやってきて、出発前にウィーナに顔を出すよう言伝してきた。まだ何かあるのだろうか。


 ともあれ、程なくしてゲキシンガーは戻ってきた。普段着姿の彼は、武装したときと一転して、ごく普通の青年といった感じである。


 二人は廊下に出て、狭い応接室に向かった。戦闘員事務所に外からの客を通すこともあまりないので、ここは戦闘員同士の打ち合わせ室のような使い方をされていた。


 あまり掃除もしておらず、床が埃っぽい。


 ヴィクトとゲキシンガーはテーブルを挟んで、椅子に腰を下ろした。


「訓練場にいた連中から聞いたけど、例の単独任務、お前が行くことになったのか?」


「ああ」


 ゲキシンガーは渋い顔をして腕を組んだ。


「……まあ隊長のお前が決めたことだから、考えあってのことだと思うが」


「って言うか俺しか行ける奴がいないんだよ」


「はぁ、頭が痛い」


「頭痛薬飲む?」


 ヴィクトがポケットに常に形態している頭痛薬を取り出し、ゲキシンガーに見せた。


「そういう意味で言ってんじゃねえよ」


「うん、そうだな」


「俺としては言いたいことは山ほどあるが、当のお前の方がその何倍も言いたいことを腹の中で抑えてるだろうから、今ここでお前を困らせるようなことは言わん」


「助かる」


「うん……いや、やっぱ一つだけ言うわ」


「何?」


「あの、実は帰ってきてすぐ、ちょうどヴィナスが屋敷を出るところで鉢合わせして、今回のこと聞かされたんだよ」


「うん」


「ヴィナスの話では、お前断るってことだったんじゃないの? ハチドリに振るって」


「いや、確かハチドリが動けたような気がしたんだけど、記憶違いだった」


「副官に嘘つくなよ」


「嘘ついたわけじゃない」


 ヴィクトは嘘を言った。


「ハチドリは別件で出払ったばかりじゃねーか。間違うかよ」


「……俺がああ言わないと、ヴィナスがウィーナ様に嘘をつくところだったから。あまりあの母娘の信頼関係を損なわせたくない」


 半ば方便、半ば本心でヴィクトは語った。


「それこそどうでもよくねーか? そんなことまでお前が気にしなきゃいけないのかよ?」


「いや、ウィーナ様の娘を副官に据えるってのは、当初想像してた以上に神経使うってのが分かった。ヴィナスはウィーナ様が養女に迎えた時から知ってるし」


 ウィーナとヴィナスの母娘関係のひずみ、確かにゲキシンガーの言う通り、ヴィクトが気を遣うようなことではないかもしれないし、気にしないようにすることもできる。


 しかし、ヴィナスを副官にしたことで両者の不和がちらほら見えてきた。気付いてしまった以上は見て見ぬふりをすることはできなかった。


 ハチドリですら、ヴィナスのことを嫌っている節がある。他の幹部達もあえてそこに立ち入ろうとはしないし、ヴィナスをValkyrie5に引き込んだレンチョーもウィーナとヴィナスのことを真剣には考えていない。


 プライベートな問題に介入すべきではないとの見向きもあるかもしれないが、ウィーナもヴィナスもワルキュリア・カンパニーの中にいる以上、もう純粋なプライベートの母娘関係ではないのだ。


 何より、ウィーナとヴィナスの関係が悪くなっていくのは、ヴィクトが見ていて辛い。


 娘の母への思い、母の娘への思い。義理とはいえ、両者、内心双方を慕っているのは、ヴィクトには分かっているからだ。すれ違いならば、ヴィクトが仲立ちしてバランスを取ることで、これからの関係を軌道修正できるだろう。


「まあ、そうか……。ともあれ、もう引き受けてしまったものは仕方ない。大丈夫なのか? 今回」


 ゲキシンガーが話を戻す。


「何とも言えないなぁ……。死ぬつもりは毛頭ないけど」


「それじゃ困る。俺も行った方がいいか?」


「いや、単独任務だからな」


 単独任務は、あくまでも幹部従者だけが単独で請け負うことの許された任務。組織のルール上は、準幹部のゲキシンガーに参加資格はない。


「目標はお前一人でやればいい。そこに行くまでの間に何か不測の事態が起こったら俺が対処する」


 もし途中で余計な敵が出現したりした場合は、ゲキシンガーが戦う。ヴィクトはキャプテン・ダマシェとの戦いに集中すればよい。ゲキシンガーはそう言っているのだ。


「いや、俺の中では目標との戦闘だけじゃなく、そういうの諸々、あらゆる事態を独力で解決するのが単独任務なんだけどな」


 この『単独任務』、幹部によって解釈に違いが生じている。ヴィクトの解釈は今言った通りだし、ジョブゼ、ニチカゲ、シュロンの解釈も近い。


 シュロンに至っては他の幹部従者と協力することも滅多にしない。


 しかし、レンチョー、ロシーボ、ハイム、ハチドリは道中の目標外の敵との遭遇や、トラップの設置等、部下や個人的に雇った組織外の者の力も借りたりする。


 そこの解釈はウィーナもあえて明言せず、それぞれの幹部従者のスタイルに任せているのだ。


「だが、キャプテン・ダマシェはただのSランクとは違うだろう。冥王軍の被害、普通じゃない。何か勝算を用意していく必要がある」


 ゲキシンガーが言う。


「……ああ、分かってる。ここを出る前に、ウィーナ様に呼ばれてる。そこで相談してみようとは思う。もしかしたらウィーナ様の方から何かあるかもしれない」


「そうか。ヴィクト、改めて言うが、俺はお前を生涯の戦友であり、また好敵手であると思ってる」


 ゲキシンガーが姿勢を正し、ヴィクトに向き直った。


「それは俺も同じだ」


 ヴィクトがワルキュリア・カンパニーに入る前、冥界政府で司法官僚(表向きは司法官僚と言っているが、実は裏で王室や執政部からの直接的な命令系統を有しており、政府が公にできない案件や、冥王四天王や軍を通さず武力を行使したい案件、果ては冥王アメリカーンやその近親者である王族から直々に下される使命をなどを専門に扱う特務機関であったのだが)を務めていたときに、ゲキシンガーとは幾度となく敵対し、剣を交えたこともある。


 また、時には利害の一致から共闘することもあった。そして、今は二人ともウィーナを主君と仰ぎ、同じ組織に属している。


「だが、ここでは俺はお前の部下だ。お前の命令には従う。たとえお前が命を捨てろと命じてもだ。今回の件、お前が死ぬぐらいなら俺を率先して死なせろ」


 ヴィクトは思う。本当にヴィクトのことを生涯の戦友ともであり強敵ともであると思うのなら、手足となって戦うよりはこの組織の未来のことを共に真剣に考えてほしいのだが、ゲキシンガーは「俺はウィーナ様に嫌われている」だの「俺はお前ほど頭が良くない」だの言って、あまり考えてはくれない。


「いや、元々単独任務ってのは、部下にそういうことを強いないってのがコンセプトなんだから。まあ、何とかなるさ」


 ヴィクトは笑顔を作ってそう言った。


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