お客様 高木信 2
一曲目が始まる。
雰囲気は歌謡曲っぽいと言うのだろうか、あまり新しい曲というわけでもなかった。
終わった。沈黙が流れている。
自分とは違うタイプの失恋ソングではあったが同情するというか同じ破局に辿り着いた男として共感に近いものがあった。
15秒ほどたっただろうか2曲目が始まる。
こっちは共感や同情などとは縁遠い曲だ。お互いある程度の同意のもと円満な別れ方という感じか、いや最後だけ体裁を保っているという感じか。後腐れがあるような、ないような。少なくとも僕よりかは大人で、マシな別れ方か。
三曲目、これまでとは変わって新しい雰囲気の曲。
コンタクトケース一つから思う失恋歌だ。
そういえば僕の私物がSの家にいくつか残っている気がする。
Sはそれを見て何を考えるんだろうか。
思い出してくれるのだろうか。
後悔するのだろうか。
十数秒の沈黙の後、次の曲が始まる。
一番近いかもしれない。
状況こそ違っても心情的な部分で言うと一番近い。
なぜか心地いい。自分の中での失恋が少し美化されたような気がした。そんな大層でもないか。ましになった気がする。
曲が終わり、沈黙が流れる。
だが次の曲が始まることはなかった。
今ので終わりだったらしい。
でもよかった。失恋ソングなんてみんな我が物顔で慰めてきたり図々しく寄り添ってきたりとあまり好きじゃなかったが、これでやっとちゃんと向き合える。Sが自分の中で特別だからこそちゃんと決別しようと思った。悩んでいることが正しいと思えた。そんな三十分ほどの時間だった。
マスターらしき方に微笑む。静かに会計を済ませ、
「また来ます。」
とだけ言い残し、店を出た。まだ7時にもなっていないがすっかり暗くはなって、それにこたえるように街頭やネオン、看板がきらきら光っていた。
「先輩に何かお返ししないとな。」
僕は家路についた。
Music Bar D.S ~ダルセーニョ ~ @SonjoTabi33
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