Music Bar D.S ~ダルセーニョ ~
@SonjoTabi33
No.1 お客様 高木信
ここは東京都の少しはずれビルの立ち並ぶオフィス街、そんな、でくのぼうのコンクリートに挟まれた路地を少し階段で下った場所に位置する半地下の店「Bar D.S」
今宵も胸にいちもつを抱えるお客様がご来店なさりました。
僕、高木信は人生で二度目の失恋をした。
一度目は中学生の頃、好きな子に付き合っている男がいることが分かり、自分から身を引いた。
いや、初めから乗り出してもいなかったが、何をするわけでもなくいつも通りの生活を送った。
二度目は先週、しがないサラリーマンの僕と半年付き合っていた彼女、Sと別れた。というか振られた。
彼女の方から連絡があり
「突然だけど私と別れてほしい。
あなたはとてもいい人で、私によくしてくれた。
でもどこまでいってもあなたはいい人で、好きな人ではないの。
どうかこんな形でしか別れを告げれない私を許してください。そしてあなたにいい出会いがありますように。」
という長いメッセージが届いた。
優しい彼女なりに伝えてくれたのだが、まともな失恋をしたことのない僕には鉄パイプで頭を殴られたように応えてしまった。
つまり、あなたは嫌いではないけど結婚はとても考えられない。
と言われたわけで、なけなしのプライドで保っていた自己肯定感は谷底へ叩き落とされた。
自分では順風満帆だと思っていただけに悲しかった。
支障は職場にもきたらした。仲のいい同僚や先輩だけではなくいつもは嫌味しか言ってこない課長さえ僕の虚で何も手につかない様子を見て理由を聞くことなく優しくしてくれた。でも勘弁して欲しかった。これ以上優しくされると泣いてしまいそうだったから。
業務終了後、先輩が一枚の紙切れを僕に手渡し帰って行った。
[何があったかは知らないし話さなくてもいいけど、ここで色々忘れてこい。
Bar D.S ダルセーニョって読むぞ
〇〇ビルと△△ビルの間の路地にあるから]
正直ほっといてほしかったが、結局大人の気持ちを落ち着かせる処世術なんて酒を飲むことしかないことは理解していた。
結局僕は向かうことにした。
店は思っていたより近く、はやく着きすぎた。
close と書いてある看板がドアに垂れ下がり、ビル群の中この店だけ雰囲気が異なっている。
あまりこういう大人のお酒を嗜む店は経験がなかったものだから、帰ろうかな…なんて考えていると店の中から高校生か大学生かどちらとも取れるような不似合いなタキシード姿の男が出てきた。僕に少し驚いた後思い出したように、
「いらっしゃいませ。大変お待たせいたしました。お席にご案内させていただきます。」
と言い僕を中のカウンターまで案内してくれた。
少し暗い店内に少し高い椅子とカウンター、壁には沢山のレコードや楽器が並んであった。
するとさっきの男が、カウンターの中からお手拭きとコースターを出してきた。若そうな男をてっきりアルバイトか何かだと思っていた僕は少し面食らった。よくみるとカッターシャツの襟に
Kanade Kobayashi
と筆記体で刺繍されてあった。まさか店主なのだろうか。注文を聞きたそうな顔をしている。
「ビールをひとつください。」
すると男店員は少し顔色を濁らして
「かしこまりました。」
と言いしばらくしてから9:1のビールを出した彼は僕に申しわけなさそうにして目を合わせようとしない。こんなことで怒る僕でもないし、なんならこの状況が少し愉快で思わず笑ってしまった。
「見習いなもので…」
彼が一言。
「かまいませんよ、ありがとうございます。」
お礼の言葉を言い終えた瞬間に奥から50~60歳ぐらいのバーテンダーが現れた。
「いらっしゃいませ。
高木様でいらっしゃいますか?」
と一言、一瞬狼狽してしまったが先輩が伝えてくれたのだろう。
「はい。」
「常連様ではなかったのでもしかしてと思いまして」
あまり新顔が一人くる店ではなかったらしい
「earになさりますか?headにいたしますか?」
さも、紹介されたのなら知ってるだろうという顔で聞いてくる。生憎なんのことかさっぱりわからない。だがバーテンダーの雰囲気に押されなんとなく「へ…へっどで、お願いします。」
と言ってしまった。
「ジャンルはどのようにいたしましょうか」
また今のわからない質問だ。十中八九酒の好みを聞かれているのだろうが酒も大して詳しくない。というかビールしか飲まない。焦った挙句
「おまかせで」
なんてみっともない大人だろうか。初対面には焦って質問もできない。
バーテンダーは顔色ひとつ変えず
「かしこまりました」
と何か手元で作業し始めた。
失恋を忘れるために来たのになんだか疲れて惨めだなと感じる。Sは器量の良い女性で二人で食事をすればオーダーから取り分けまで全てしてくれた。
気づいたらまたSのことを考えている。
ネガティブになるとSのことを考え、より気分を落とす。これがここ二週間の僕の悪循環である。
顔色にでも出ていたのだろうか、ハナから隠そうともしていなかったが、バーテンダーは憂鬱な僕と目が合わせ進めていた作業をやめて店の奥へと行ってしまった。次の瞬間バーテンダーはヘッドホンを手に取り奥から出てきた。そしてそれを小さな紙と一緒に僕に差し出し、
「音量は右耳のボタンで行なってください」
と言った。さっきまであった焦りは確実に動揺に変わりながらも、ヘッドホンをつけた。紙にはこう書いてあった。
menu
勝手にしやがれ 沢田研二
また会う日まで 尾崎紀世彦
コンタクトケース Saucy Dog
場末 DADARAY
この時やっとバーテンダーの質問を理解した。この店はきっとお酒と音楽を提供してくれる変わった店なのだと。
一曲目が始まる。知らない曲だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます