探偵の体編 インターン 4 本論
女性の行動は不可解だった。書店に立ち寄り園芸方法の本を買い、それを喫茶店の男女共用トイレのごみ箱に捨てた。
それだけでも怪しいが、京介たちが特に不可解に思ったのは、彼女の表情だった。彼女は先ほどまでの切羽詰まった表情とは打って変わって、穏やかな表情を浮かべている。
「まるで憑き物が落ちたみたいだね」
「お前が言うと説得力あるな。さすが、超常現象の夏越家」
「なに、その通り名。イレ兄さんはともかく、わたしはオカルト信じていないんだけど」
お前が言うのかという言葉を、京介はコーヒーと一緒に飲み込んだ。
空調が効いた店内は、とても落ち着いた雰囲気だった。看板がない、隠れ家的な雰囲気の割には混んでおり、何人かの客は満席との説明に、すごすごと帰っていく。
幸運にも席にありついた京介たちは、依頼人の座る席から見て、柱の陰になる場所を陣取っていた。トイレのそばのその席は、人の行き来で騒がしく、彼らがひそひそと話すのにちょうどいい場所だった。
依頼人の女性が喫茶店に到着してから、もう一時間が経過していた。彼女はまだ動く気配がない。
何杯目かのおかわりのジュースを飲みながら、彼らは目くばせした。
「京介、おかしいよ」
「ああ、おかしいな」
「あの男性、さっきも来ていたよ。さっきは座れなくて帰っていた。おかしいな」
志和たちは依頼人ではなく、入口付近で、席が空くのを待っている男を観察していた。
男はスーツ姿で書類が入った紙袋と、リュック型のビジネスバックを持っていた。その姿は、営業中のサラリーマンが休憩に来た様子にしか見えなかった。
志和と京介は眼光を鋭くした。
「二回も来店するほど絶対に座ろうとしているのに、待つのではなくていったん帰った。そして今度は入店して、トイレに直行した」
「偶然? いやまさか。格好と行動がかみ合わない。営業をサボるサラリーマンなら店にこだわる必要はない。店にこだわる仕事終わりなら、あんなにいらいらとはしない」
「そうだな。志和、そのかばんは絶対に開けるなよ」
数分後、慌てたように、男はトイレから飛び出て、周囲を見渡した。
志和のかばんの中には、先ほど、男女共用トイレから回収してきた、依頼人が忘れた紙袋が入っている。
紙袋には探偵のリストとファイルが入っていた。リストには「夏越はじめ」を筆頭に、何人もの探偵業の名前が記載されている。ぼろぼろの紙袋の底には、いつから入っていたのか、初夏だというのに枯葉がまぎれていた。
「正解だったね。京介は探偵の才能があるみたいだ」
「嫌味かよ」
「なんで」
「探偵のはじめさんの体に言われても、褒められた気がしない」
「じゃあ、嫌がらせが世界一上手い」
「悪口じゃん。それに、京介ほどじゃない。上水道の一件、そういえば謝ってもらってないね」
「小学生のときのことを、まだ根に持ってやがったのか。悪かったって」
そう言う京介に悪びれた態度はない。志和はにらみつけた。
京介からすれば、上水道の件がなければ、志和と仲良くなることはなかった。夏越家との縁もなかっただろう。だから、後悔していなかった。
むしろ、過去の自分を褒めたと考えながら、京介はミルクたっぷりのコーヒーを飲んだ。
京介たちが話す間に、迷っていた男は決意をしたようだった。
「動いた!」
男は偽装工作を諦めたのか、女性のそばに立ち、話しかけた。
女性は慌てる様子なく、会話に応じる。
志和が彼らを横目に観察していた。
「彼は怪しい。娘さんの失踪の関係者だろうね」
「なんで、失踪の関係まで見いだせた? ただの知り合いの可能性は?」
京介は言いながら、ただの知り合いではなさそうだと、付け加えた。
依頼人たちの雰囲気は悪化し、サラリーマン風の男は殴り掛からんばかりだ。
「外回りのサラリーマンにしては靴が新しくて、腕時計すらしていない。紙袋の中身を確認したら、娘の失踪について、わたしたちに相談したときのことを、まとめた報告書がファイリングされていた」
「報告書。つまり、今回の件の、依頼人の協力者か? それにしては、険悪そうだが」
「それについても、わたしの脳が正しければ、説明できるはず」
そこまで話した志和は、京介の感心したような視線に、首を傾げた。
「なに? わたし、なんか変だったかな」
「学生のうちに、はじめさんがそう言っているところを、見ることになるとはな」
「中身は今はわたし、志和だよ」
「はじめさんの体で、はじめさんの言いそうなことを言っているのに?」
「いじわる。志和は志和だし、はじめ兄さんとは別だよ」
「はっ、その通りだぜ。いつも俺がどんな気分で、入れ替われるからほぼ同一人物ネタを聞いているか、味わっとけ」
依頼人たちの口論は聞こえない。どんな会話があったのか、もしくは、店員の視線に耐えかねたのか、二人は連れ立って出口に向かう。
「よし、追いかけよう」
「いや、インターン初日は報告だけで良いんじゃなかったのかよ」
「今、行けば解決できる。今ある情報で、謎は解ける。なら、行くしかないよ。わたしの今の体もそう言っている」
「ああもう、そればっかだな。はじめさん本体はどう言ってる?」
「上手く繋がんない。女子高生生活楽しんでいるみたい」
京介は、自身のスマホでも、メッセージアプリにはじめが反応していないのを確認して、舌打ちをした。
「本当に解けているんだな? 罠じゃなんだよな」
「大丈夫、わたしはともかく、この体は名探偵だから」
探偵のもとに来た依頼人は、社会人サークルに娘が狂わされたと訴えた。
依頼人はその足で、喫茶店で謎の人物と落ち合った。
謎の人物は怪しい風貌で、依頼人と相対する様子は非常に険悪なもの。
彼らは本来、話す予定はなく、紙袋を秘密裏に受け渡しする予定だった。
紙袋には、探偵のリストと、依頼した内容の報告書。
探偵である兄の体に入れ替わっている妹は、もう、この事件の謎は解けたと言う。
京介は、得意げな志和の薄茶色の目に見とれた自分が悔しくて、彼女に向かって猫だましを繰り出した。
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