高校生編 オープンキャンパス 序 2
初夏の快晴に、大勢の若者の好奇心にあふれた声が満ちている。景色になじんでいない高校生の集団は、目的の学部棟に向けて足早に進んでいた。
キャンパスの中にバスが乗り入れて、教本を抱えた学生が眉をしかめて芝生を無造作に歩き去っている。半透明なロフトが天空回廊のように張り巡らせられており、学生に影を投げかけていた。
「大学ってこんな感じなんだ」
志和の声に、京介はあいまいに頷いた。二人に感慨は薄い。
二人は、高校生の集団の一員として、東生大のロフトを進んでいた。歩きながら京介はパンフレットをめくり、志和がそれを覗き込んだ。
「これから行く慶長研究室、世界でも有数の有機科学研究室らしいよ。今年の三月に発表された慶長教授の論文は、全人類が読む価値があるって。イレ兄さんが言っていた」
「全人類は過言じゃねえ?」
夏越イレは、夏越志和の兄の一人で研究者だ。京介は彼がこの六年間、寝たところを見たことがない。いつも自分自身か、誰かの体を使って、仕事を続けているのが彼だ。アメリカの大学で教職についているにも関わらず、日本の家族の体を使っているため、日常的に京介と顔を合わせる一人だった。
深緑色の目をした、プライドの高い男だ。そんな彼が認めるのは、よほどの研究者と言えた。
それでも、京介の顔は無表情のままだった。
「俺は文系だ。理系学部の研究室を紹介されてもな」
「まあ、権威とかよくわからないけど、面白いと良いね」
彼女は人ごとのように言った。
彼女には、他の家族にある、身を焦がされるような願望はない。日々を面白おかしく生きられれば良いと、平凡に願っている。
「そんなんで、なんで今日、オープンキャンパス来たんだ? 慶長教授にそんなに興味惹かれたか?」
「理系は就職しやすいらしいし、得意科目が理系だから、理系に進学するとして、とりあえず近場の良いところ見てみようと思って。京介は今日、付き合ってくれてありがとうね」
初夏のぬるい風が、ゆっくりと歩く二人の向かい風となる。入れ替わっていない彼女は、普通の高校生に見えた。
穏やかな景色に、京介はあくびをこぼした。
京介の得意科目は文系で、漫然と就職に強い学部を受けることを決めていた。しかし、文系は学部棟すら十五分離れた場所にあり、利用する学食すら違うと説明されていた。今日のオープンキャンパスは、京介の参考にはならないだろう。
「次は文系学部のオープンキャンパス行こう。文系も知ってみたい。ほら、慶長教授の研究室入れば、量子脳理論とか、文系学科の受講を推奨されているし」
「量子脳理論?」
京介は記憶力が良いほうだ。小学生の頃、不審者が言っていた言葉も克明に覚えていた。
不審者が凶行に至ったのは、今、彼女が口走った学問の論文を書くためだった。ただ、イレの解説によれば、量子脳理論自体は真っ当な学問で、凶行に至った彼は既に学会から追放されていると言う。
考え込む京介を、志和は気づかわし気に覗き込む。
「どうしたの、問題あったかな」
「いや。お前こそ、なんか引っかかるものないのか?」
「全然。講義レジュメとか、説明書き見て面白そうって思っただけ。まるで漫画だよね」
今日も志和は能天気だ。目の色を変えない反応を見て、京介は馬鹿馬鹿しくなり、心配するのをやめた。
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