幕間 ミス

 会議室で泡を食った様子の見苦しい大人が一人、モニターの前で呻いていた。

 節電のために電気の消えた深夜にPCを触る様子は、人に見せられない作業をしていることを如実に物語っていた。

 彼は小市民を自覚している。やばい奴と縁があるのは、自分の職責のせいだと思っていた。しがない公務員が、彼が便宜を図っている誰や彼やと同じなわけがない。それが彼の主張だった。

 しかし、彼の私物PCに届いた情報は、小市民が引き起こすことはあり得ない内容だった。

『万能細胞活用例の流出』

 小者の彼には、もう抱えていられない内容だった。

 彼がしたことは小さいことだった。万能細胞の研究を行っている国公立大学で、ヒト由来の細胞の研究に目をつぶっただけ。学会追放ものの所業といえど、リスクを負うのは研究者のみで、お小遣いが手に入る案件mpはずだった。

 それが今や、こうしてひっきりなしに続報が届くほどに、秘密が雪だるま式に膨れ上がっていた。

 彼は心底悩んでいた。暴露すればクビは免れない。けれど、社会人二年目の自分ならば、やり直しは効くはずだ。

 書かれている内容は現実離れして、新人の対処できる域を超えている。もしかしたら、叱責だけで、専門部署や頼れる上司が案件を引き取ってくれる可能性まである。

 失敗は早く言えと、常々言われていた。唾を飲み込んで、彼は一度、業務用のPCのメールソフトを立ち上げた。

 手は動かない。ふと、別件で急ぎの業務連絡が三件ほどあることに気がつく。

「これをやってからにしよう」

 数分後、彼のもとに、深夜残業をしている部下に対する上司のねぎらいの電話が入った。優しい言葉に、彼は今日も、秘密は話せなかった。

 今日はまだ大丈夫に違いない、明日こそ報告しよう。

 明日は、明日こそは。

 そして、彼は今日も報告しないまま、業務PCを閉じた。



 数年後、とある一家が地獄を見ることになることは、彼にとっては関係ないことだった。

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