小学生編 夏越家にて 3

 玄関先も廊下も、大きさ以外は下の階の京介の家の間取りとそう変わりなかった。妖怪屋敷ではないようだと、京介は詰めていた息をそっと吐いた。

 物が多い家だった。靴箱にはみっちりと靴が詰まっている、靴の種類は大柄な男物の下駄から、志和が履くような女児用のきらきらしたスニーカーもあり、男物のサイズの真っ赤で背丈の高いハイヒールまであった。

 廊下には、額縁がいくつもかけられている。絵や写真、革工芸作品まで、様々なものが収められている。趣味は一貫していないはずなのに、乱雑な印象を受けないのは、家を管理する誰かの存在を感じさせた。

 ワンフロア買い取っただけに長い廊下を抜けて、リビングに通じる薄そうなドアの前で、真っ黒な目の志和は振り返った。

「一つ言っておく」

「なに」

「俺たちは干渉が嫌いだ。家族が好きだ。それだけ守れば、まあ、ひどい目には合わないさ」

 聞き返す隙は与えられなかった。間髪入れずに志和は、リビングのドアを開け放った。

 リビングの快適な温度の空気が、廊下の京介たちにまとわりついた。

「夏越家にようこそ! 志和の初めての友だち!」

 何人かがクラッカーを鳴らした。京介は思わず目を閉じる。

 目を開けたとき、そこにいたのは、大勢の大人たちだった。ほとんどが若く、年配の人物はいない。彼らが浮かべる表情は、京介を歓迎する顔もあれば、嫌々といった顔もあった。

 夏越家は全員、似ていない。お互いの面影すらない。似ていないというには、度を過ぎていた。

 思わず横を見る京介に向かって、志和が薄ぼんやりとした茶色の瞳をぱちぱちとさせた。彼女も、誰にも似ていなかった。

 志和は、教室でよくするように、こてんと首を傾げた。

「梨持ってきてくれたの? ありがとね」

 声をかけた彼女は、夏越綿と名乗った。夏越家のリビングにいる家族のなかでは最も年上に見える、妙齢の美女だった。

「そうよ。私は夏越家の長女。皆のお母さんもしているわ」

 彼女は手早く梨を剥いた。既にごちそうでいっぱい載せられたリビングテーブルに、京介の持ってきた梨を盛りつけた皿を加えると、家族たちを集めた。

 その間、京介はリビングのソファにおとなしく座っていた。

「京介くん、今日は昼食に来てくれてありがとう。ずっとお礼を言いたかったの」

「お礼?」

「そう、夏越の友達になってくれて、ありがとう。学校でもいろいろ助けてくれているって、志和から聞いているわ」

「志和が、ともだち」

 京介は面食らった。ただ、いけ好かない変人をとっちめようとしていただけだった。一方的に話しかけられて、目の前の凶行を止める当たり前の対応をしていたつもりだった京介は、彼女の家族から褒められたことで罪悪感が宿る。その様子は、もじもじと照れているようにしか見えなかった。

 綿は微笑みながら、言う。

「紹介するね。今日家にいるのは七人、左のソファから、次男の和、三男のはじめ、次女の福。四男のレルは知っているわね? あと珍しく家にいる、五男のイレ。それで一番近くにいるのが君の同級生の志和、あと私。まあ、他にもいるわ。人数も多いし、覚えなくていいわよ」

 よろしく、と口々に言う家族たちに、京介は驚いていた。

「なんで、わざわざ挨拶するんだって顔ね」

 京介の内心の疑問が言い当てられて、体を震わせる様子を。綿は愉快そうに見ていた。

「やっぱり紹介は必要ないって言ったじゃねえか」

 そう言ったのは、最近赤髪に染めたレルだった。

「あのまま、ちょっと変なやつのままで、距離感は十分だって」

「末っ子の初めてのわがままを兄は叶えないのですか。そんなの耐えられない」

 綿がぴしゃりと言った。彼女の目は銀色に輝いた。

「せっかく仲良くなったのです。縁がもったいない」

「なんでもいい、これ以上問題が起きなければ」

 神経質そうな男、和が黒い目を伏せて言った。

「おい、京介くんが引いてるから。議論は昨日終わっただろ」

 優しそうな青年であるはじめが、黄土色の目を細めながら、やんわりと全員を窘めた。

 京介には、彼らが何を言っているか、ちんぷんかんぷんだった。ただ、彼らの目はどこか見覚えのあるものだった。

 肩をすくめた夏越家の家族たちが、京介に向き直った。

「京介くん」

「はい」

「今から、夏越家の秘密を一つ教えます」

 真剣な顔をした大人たちに取り囲まれて、京介が覚えたのは戸惑いでも、恐れでもなかった。秘密はあるのだろうなと思っていた。彼はごく自然にうなづいた。

 ちらりと見た志和は平然とした顔をしている。ならば、その秘密は別に俺の不幸せに通じるわけじゃなさそうだと考えてから、彼は返事をした。

「秘密、教えてください」

 変だと言い募っている志和を信じているという矛盾に、京介は自分では気がついていない。

 京介の様子は、夏越家の目に適ったようだった。

「じゃあ、はい」

 夏越家は、自分たちの末っ子をリビングの中心、京介の横に立たせた。

 薄茶色の目が一回泳いでから、京介をまっすぐに見た。ゆっくりと、自分の意思で、志和の口が開く。


「わたしたち、夏越のみんなは、入れ替われるの」

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