小学生編 夏越家にて 1

散々だった一ヶ月を終えて、京介は限界だった。違和感のある転校生にちょっかいをかけて警察沙汰になり、周囲が冷たくなった。さらに彼女に喧嘩をふっかけたところ、自分になついてきた。しかも、今度は自分たちのせいでないとはいえ、また警察沙汰が起こった。

彼女は明らかに、家族ぐるみで秘密を抱えている。小学生の彼の胸にもやもやが重くのしかかる。

だから、休日である土曜日の朝、彼は声を大にして、自分の母親に彼女の違和感を訴えてた。

「だから、お母さん、志和は変なやつなんだって!」

「はいはい、京介は志和ちゃんが大好きなのね。雨水道の件でどうなるかと思ったけど、仲良くなって良かったわ」

京介は地団太を踏む。お母さんはなんでわかってくれないのか。あんなおかしいやつ、好きになるはずがないのだと、彼は主張した。

「好きとか言うな! あいつはまだ、友だちとかじゃねえのに、なんでそんな風に言うんだ」

京介の母親は家事をこなす手を止めない。息子の言葉は、まるで母親に届かなかった。

彼女は、あの大雨の日以来、たびたび、志和の家族と顔を合わせていたのだ。

自分たちの末っ子を紹介する彼らは、現代ではなかなかいない大家族ではある。しかし、エントランスやゴミ捨て場で会う度に頭を下げて、普段の学校生活や不審者騒ぎの一件での京介の働きを感謝する彼らは、息子のいうような秘密を抱えているようには見えなかった。

彼女はくすりと笑う。夏越家の末っ子のお嬢さんは、大人の目から見ても可愛らしい。京介の言葉は、照れ隠しにしか聞こえなかった。

不審者に会ったけれど、どうやらそこまで気にしていないみたいで良かったわ。京介の母親はそっと息を吐いた。

台所には、祖父母の家から送られてきた梨が、山のように積まれている。消費に少々困るmpは、毎年の風物詩だった。

ふと、年の離れた姉だという、品の良い女性の言葉を、京介の母親は思い出した。

「そんなに気になるなら、電話してみればいいじゃない」

京介の母親は、我ながら名案だと頬をほころばせた。

近所の子と仲良くなるのは、間違いなく、京介のためになるだろう。夏越家は別に変な一家ではないことだし。彼女はそう思いながら、エレベータホールで知り合った夏越家の一人に、いつでも連絡して良いと言われた電話番号を呼び出した。

土曜日の十時半のことだった。出かける用事があれば出かけていて、用事がなければ暇をめ持て余す時間だった。

短い通話を終えて、母親はふてくされる息子を振り向いた。

「京介」

「なに」

「夏越さんち、今から遊びに行って良いって」

母は上階の末っ子に出会ってからの息子を、心から心配していた。

可愛らしい転校生に気をかけるのに、なぜか彼は素直でない態度を取る。夏越家はおかしな一家だとまで言うのは、いわゆる『好きな子をいじめる』子どもらしい害意なのではないか。大人としての経験から考えていた。

だから、上階の住民が、変な言いがかりをつける一人息子と交流の機会を持ってくれようとする、善良な一家であることは奇跡のような行幸だと、彼女は思った。

母親は、迅速に手土産の梨を用意して息子に持たせると、早急に外へ追い出した。

「志和ちゃんとたくさん話してみなさい」


京介は限界のはずだった。ストレスをかける近所の転校生の愚痴を、母親にしていたはずだった。

それがなんだ。いつものお気に入りのTシャツに、ゴミ捨てや近所に行くときにしか履かないボロボロのサンダル姿で、手に紙袋を持たされている。

秘密を抱える夏越家に、おすそ分けがてら遊びに行くように厳命された京介は、一言だけ言葉をこぼした。


「は?」

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