小学生編 雨水道 1

「本当にやるの、京介?」

 裕翔がささやいてくるのを、京介は舌打ちで答える。

「やる」

「でもこんなに深くまでなんて、俺たちも来たことないよ。志和ちゃんは何もしていない。置き去りなんてやめようよ」

「ここまで来て引き下がれるかよ」

 びくりとした裕翔に、京介は罪悪感を覚えた。彼にとって、非のない誰かに悪意を持ったのは人生初めての経験だった。ましてや、こうして悪質ないたずらを仕掛けるのも初めてのことだった。

 同級生二人は、普段と違う攻撃的な級友にただ困惑し、心配していた。

 探検ごっこに使っている、湿ったトンネルは声をよく反響する。京介たちの話す内容を聞いているはずの、志和の足取りはのんびりしたものだった。

 彼女は周囲に気を配ることなく、ただ何も考えずに京介たちの後をついてきている。

 苔むした神秘的な壁も、涼しく湿っている地面にも、さやさやと流れる美しい小川の音も、京介と志和の耳には入っていない。頭上に開けられている穴が外の光をとりこんで、薄明りが水面に反射する幻想的な光景も、彼らの目には映っていなかった。

 見かねたように、同級生たちは志和に話しかけた。

「志和ちゃん、ここ、俺たちの自慢の秘密基地なんよ」

「そうなの」

「きれいな光景でしょ。最近、さっき通ってきた壊れたマンホール見つけてね、そこから入って見つけたんだ」

「へえ」

 志和は何度目かの気のない相づちを打った。級友たちの元気がなくなっていく。そのことにすら、京介は苛立ちを覚える。

 もう、彼には我慢の限界だった。

「おい、そろそろやるぞ」

「京介、やめようよ」

「ちょっと脅かすだけだって」

 嫌がる二人をせっついて、京介はついに、いたずらを仕掛けることにした。懐中電灯を切る。彼らは少し走って、曲がり角の向こうで止まった。

 少し前から目をつぶって暗がりに目を慣らしていた彼らは、志和からは見えない位置で隠れて様子を伺った。

「さすがに、これであいつも素を出すだろ」

 京介は楽し気に笑った。彼は教室での志和の様子を観察して、彼女が素の状態で、感情を出したことがないことを知っていた。

 感情を出すのは、笑うのは、いつも違う目の色のときだ。

「どんな顔するかな」

 薄茶色の瞳が、感情を帯びたらどのようになるのか、彼は気になって仕方なかった。だから、友人たちが止めるのも聞かず、最近見つけた謎めいた秘密基地に彼女を連れてくることまでした。

 わくわくとした京介とは異なり、志和はじっとその場を動かない。

 京介がいぶかしく思う前に、背後から、友人たちが声をかける。

「京介」

「もうちょっとだけ良いだろ」

「京介!」

 切羽詰まったクラスメイトの声に、京介は振り向いた。目線の先には誰もいない。ひどくつらそうな呼び声を聞いて、彼は下を向いた。

 彼らは背丈が半分になっていた。地面に二人とも埋まっている。二人の上半身は暗くてもわかるほど震えて、一人は白目をむき始めていた。

「京介、冷たい、助けてぇ」

 すぐに応じようとした彼は、一歩踏み出そうとして、足元に何かがあることに気がついた。

 ちゃぷり、と足元で音がした。冷たい。何かが足を引いている。

 大きな、何かが、足にまとわりついている。冷たさは急激に、足首から太ももまで這い上ってきた。

 京介は絶叫する。

 友人たちはもう意識も薄く、腕まで黒い何かに引きづりこまれ、地面に埋まっている。

 京介はその冷たい黒に飛び込み、彼らを引き上げようとした。

 むちゃくちゃに手を振った拍子に、懐中電灯は飲み込まれ、どこかへ光の残像を残して消えていった。

 天井から入ってくるはずの外の明かりはなく、真っ暗な中、かすかに見える友人たちのぼやけた輪郭を京介は必死につかんだ。

「怪物だ! おっきな怪物がいる!」

 友人の一人は半狂乱で、京介の肩をつかんだ。小学生でまだ体格も小さい彼は、何とか京介にも支えられる重さだったが、動くことはもはや困難だった。

「暴れるな! 今、引っ張り上げるから、がんばれ」

 必死だった。だから背後から近づく影に、京介は気がつかなかった。

 小学生二人を抱えた京介の体が、持ち上げられる。ふらりと浮き、冷たく不快な感覚で、何かに覆われていた脚が空気に触れる。


 三人は志和の細い腕に投げられているのを、空中で目撃した。

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