小学生編 目の色が変わった

「転校生を紹介します。夏越志和ちゃんです。仲良くしてね」

 担任がそう紹介したとき、教室は静まりかえった。教壇に立つ転校生を、湯本京介は作り物みたいな子だと思った。それほどまでに夏越志和の顔立ちは整っていた。

 肌は透き通るように白く、頬と唇はふっくらと紅がさしている。全体的に癖がかった髪は少し重たげで、彼女に愛嬌を感じさせた。髪も目も色素が薄いのか、薄茶色がかっている。

 クラスメイトたちはその美貌に子どもながら色めき立った。

 それでも、京介は彼女のことを変な子だと、子どもらしく直感した。

 目がぼんやりとしてどこも見ていなかった。クラスメイトの反応に、関心を感じさせなかった。

 決定的だったのは次の瞬間だった。

「あいさつできるかな?」

 担任が声をかけた瞬間だった。

 京介は人の瞳から火花が散るさまを初めて見た。

 ぼんやりとした薄茶の瞳が、ばちりと白銀に輝いて、赤色の炎が横切って、少しだけ色を深めた黄土色になった。口元が微笑みを浮かべる。

 志和は黄土色の目を、まっすぐと教室の皆に向けた。

「夏越志和です。好きなのはなわとびと本を読むことです。だいたいのことは出来ます。よろしくお願いします」

 幼い顔立ちに年齢の割に舌足らずで、たどたどしい言葉遣いでの挨拶だった。反して、凛々しい表情をする彼女に、クラスメイトのほとんどは好感を持ったようだった。

 しかし、問題はそこではない。驚愕した京介は、周囲を見渡した。誰も変なものを見た顔をしていない。きょろきょろと周囲の反応を伺っているのは、彼一人だけだった。

 見てはいけないものを見てしまった。京介は口を覆う。

 転校生の目の色が変わった。

 不可思議な現象を前に、京介は驚きの感情を、顔に出さずにいられなかった。

 しかも、彼女は京介の隣の席になった。京介は興味を引かれ、思わず、じっと彼女の顔を見てしまっていた。

 今の志和は京介の視線を気にも留めず、ぼんやりと黒板を眺めている。先ほどまで自己紹介していたときに見せた凛々しさは欠片もない。担任の話を聞いてもいないようだった。

 その変化が、京介には気に食わなかった。


 志和は豪語した通り、だいたいのことができた。それでも、スイッチと陰口のようにあだ名されるのには時間がかからなかった。

 授業で教科書の内容を覚えることも、休み時間にじっと本を読むのも、誘われてなわとびをするのも、彼女は同じぼんやりとした目で淡々と行っていた。

 そうかと思えは、運動会を控えたリレーの選抜の徒競走で、彼女は一瞬目を赤に燃え上がらせると、赤みがかった目のまま、クラスの誰よりも速くゴールをした。それだけでなく、いつもは彼女がしない高笑いをした。

 京介はドキッとした。そんな自分に腹が立った。

 次の日には案の定、志和はうすぼんやりとしたおとなしい生徒に戻っていた。

 八重歯が見えたと話すクラスメイトは次の日、彼女がうすぼんやりになるのにもう慣れていた。

 京介には面白くなかった。

 性格が切り替わって活躍をすることも、オンオフが激しいタイプなのだと受け入れられていることも、ギャップに人気者になっていることも、京介には不可解だった。

 志和が転校してくるまで、クラスの中心人物は京介だった。大概のことがよくできる彼に話しかけてきていたクラスメイトたちは、今、志和に話しかけている。

 俺はずっと頑張って、そのおかげで活躍できているのに、どうして、たまに頑張るほうが褒められるんだ。


 だから京介は、遊びに誘うことにした。京介たちにとっては楽しい、定番の遊びだった。

「おい、いつも放課後何してんだ」

 志和がぼんやりとした目を向けてきたとき、にやにやと笑う京介と二人のクラスメイトがいた。彼女は不思議そうにしながらも、返事はしなかった。

 京介は苛立った。

「今日、放課後暇かって聞いてんだ」

 志和は首を傾げた。

「暇ってどういうこと?」

「あん?」

 おちょくられたかと思う京介だったが、彼女の表情に不真面目な色はない。それどころか、真剣に何かを学ぼうとしているようで、京介は少し口ごもってしまった。

「放課後、遊ぶ時間はあるかって聞いてんだ」

「それはわたしを遊びに誘っているの?」

「そうだ!」

 攻撃的な京介の様子と、言われている言葉に齟齬があったのか、志和はより不可思議そうな顔をした。

 外は曇天だ。久しぶりに雨が降りそうだと、朝のテレビでも言われていた。京介の友人であり、同級生である二人は、はらはらと彼らの様子を伺っていた。

「京介やめとけよ。いつものお前らしくもない」

「そうだよ、京介くん。来たくないなら来なくて良いからね」

 京介が制止する彼らを威嚇している間、志和は何もない中空を見て何事かを考えているようだった。

 まただ、あの目だ。あれが俺は大嫌いなんだ。京介はくるくると色が変わって、虹色が横切っているような志和の瞳をにらみつけた。

 再び京介たちに目を向けた彼女は、彼らにとっては意外な表情をしていた。

 こちらを気遣った、心配そうな顔で、志和は言った。

「遊び、付きあうよ」

 京介は教室で怒りのあまり叫びそうだった。それは彼の普段を知る人物ならば、今日のお前はおかしいと、保健室送りになってもおかしくない行動だった。

 それでも、心配そうな顔をしたお前は、何なんだ。そう、京介は叫びたくて仕方なかった。


 振り向いた彼女の目は黄土色をしていた。

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