とある女性より 7通目

 F先生へ


 お返事ありがとうございます。

 観音峠での出来事はほぼ実話とのこと。

 あの暑い夏の日のことを思い出しながら何度も読みかえしました。

 小山君がF先生と出会うことができてよかった。

 本当にそう思います。

 そして、ご好意で送っていただいた翌日分の日記と小説については、ああやっぱりと思いました。

 小山君のお母様が火事に巻き込まれて亡くなられたことは、私もF先生と同じ八月十日にテレビのニュースで知りました。その前々日の八月八日には、小山君のことでお母様に連絡を取ろうと何度も電話をかけていたのですが、誰にも出てもらえず、いったい何が起きているのかと混乱しておりました。後日、ある程度のことまでは推測できるようになったのですが、F先生の小説と日記によって、当時の出来事の前後関係がはっきりいたしました。

 おかげさまで、私の知りたかったことはすべて判明いたしました。

 F先生には感謝しかありません。

 ここまで面倒な質問におつきあいいただきありがとうございました。

 本来でしたら、こうしてすべてが判明した時点で、私の抱えていた三十年来の疑問についてお話しするつもりだったのですが、申しわけありません、最後に、あと一つだけ確認させてください。


 最後の質問

 ラストシーンについて

 ----------------

 雨上がりの空気は清らかに透き通り、目に入るすべてのものが夕日を浴びて暖色に染まっている。

 海の上を飛ぶカモメの影が、砂まじりの道路を斜めに滑っていった。

「あ、イワドのじいちゃんや!」

 あわてて少年の視線をたどるがわからない。

「どれ? どこだよ?」

「ほらあそこ、道路の端っこ」

 少年の指差す先は道路が海に向かってますぐに伸びており、さらにそのはるか先には、今まさに海に落ちていこうとする太陽があった。

 和馬は額に手をかざし目を細めてみたが、海面の無数のきらめきがまぶしくて、どこに人がいるのかさっぱりわからなかった。

「にいちゃん、オレ行くわ」

 少年はもう自転車にまたがっていた。

「ほな下関まで、気ぃつけてな」

「え、おい――」

 引き止める間もなく少年は走りだした。

 大丈夫なのか?

 ほんとにイワドのじいちゃんなのか?

 あっというまに遠ざかる黒い小さなシルエットは、やがて夕日と海の照り返しの光の中へと溶け込むようにして消えた。

 行ってしまった。

 あまりにもあっけない別れに、和馬は一人言葉を失い、立ち尽くすしかなかった。

 そりゃあ、イワドのじいちゃんを見つけてうれしいのはわかる。だけど、ここまでずっと一緒に走って来た相棒なんだから、もう少しなんというか――

 ちぇっ。

 やっぱりガキは苦手だ。

 和馬は深いため息をつくと、まだ一番星には少し早そうな西の空を見上げた。

 それでも和馬は念のために、三十分近くその場を動かずにいた。

 イワドのじいちゃんというのは少年の勘違いかもしれないという、十分あり得る可能性を考えると、早々に立ち去るわけにはいかなかった。

 だが、少年は戻ってこなかった。

 完全に日は沈み、海は光を失い、黒々とした巨大な何かに姿を変えた。

 吹く風がなんだかひやりと感じられ、乾ききっていないTシャツとジーンズが急に冷たく肌に張りついてくるような気がした。

 行くか。

 さらに十分ほど待ってから、和馬は自転車にまたがった。

 イワドのじいちゃん、あとはまかせた。

 尻切れトンボの気持ちを吹っ切るように、潮の匂いのする薄闇に向けてそうつぶやいた。

 じゃりじゃりと砂を鳴らし自転車を百八十度方向転換させると、和馬は最後にもう一度だけ振り向いてみたが、そこには夜の海と空があるだけだった。


                   前編 了

 ----------------

 この少年は無事にイワドのじいちゃんに会えたと思われますか。


 よろしくお願いいたします。


                          原田さおり

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