とある女性より 3通目
F先生へ
理由も説明しないままのお願いに、とてもていねいなお返事いただきありがとうございました。「ルート9」はF先生の実体験をもとにした小説だったのですね。おたずねした三つの可能性のうち、私にとっては一番ありがたいお答えをいただきました。
今さらではありますが、F先生にお手紙を出した理由を書かせていただきます。
昨年の夏に病気で退職するまでの約三十年間、私は京都市に隣接する亀岡市で小学校の教師をしておりました。その教師生活の中で、今も理由がわからないままとなっている出来事があるのです。それは一番始めに受け持った一人の教え子の身に起きました。
このことで、なぜF先生にお手紙を出したのかといいますと、その教え子と、「ルート9」に出てくる小学生男子の言動や境遇がそっくりそのまま同じだったからです。もしかするとこの小説は、作者さんが私の教え子と実際に出会われて、そのときに体験された出来事がそのまま書かれているのかもしれないと思ったのです。
もしそうなら、この小説を読めば、ずっと私が知りたかったこと、知らなければならなかったことがわかることになります。そのことに思い至り、そこから先はどきどきしながら読み進めました。小学生男子のせりふの一つ一つが、ああ、あの子ならこんな風に言うだろうなという感じがします。間違いない、ここに書かれているのはあの子のことなんだ。ということは、あのことも書かれているはず。あれはどんな風に起こったのだろう。小説ではどんな風に書かれているのだろう。
ページをめくるたびに胸がどんどん苦しくなります。さあ、いよいよというところで、私は、あれっと思いました。予想していた出来事が書かれていないのです。小学生男子にちょっとしたアクシデントはありましたが、それは実際に起きたこととは違っていました。そしてお話は、私が思ってもいなかった方へと進み、無事にハッピーエンドを迎えました。
私は混乱しました。やっぱりこの小説は現実とは無関係な話で、最初のところだけが偶然あの子のことを思わせるような内容になっていただけなのかもしれない。でも偶然にしては一致する部分が多いし、その一致の仕方も具体的で、細かな部分まで正確なのです。
いったいどういうことなのだろう。私はわけがわからなくなりました。
主人にそのことを話したところ、実話をベースにした小説は珍しくないよと言われました。だからといって書かれていることすべてが実際の出来事だけということはあまりないはずだとも言われました。
実際の出来事をそのまま書くだけでは小説にはならない。読者が面白く読めるように、実際にはなかったことがつけ加えられたり、出来事の順番を入れ替えたり、実際にあったことをあえて書かなかったり、いろいろな工夫や演出がされているものだというのです。
私は困ってしまいました。
主人の言うとおりなら、「ルート9」には、実際にあったことが書かれている部分と、作者さんが創作された部分とが入り混じっているかもしれないのです。そして実際にあったことも、少し順番を入れ替えて書かれているかもしれません。私が知りたかったことだと思っても、それは実際にはなかったことかもしれないのです。
これはいつまで考えていても仕方がないと思いました。本当のことが知りたいのなら、作者さんに直接おうかがいするしかないと考えました。
それがF先生にお手紙を出した理由です。
今、「ルート9」を一から読みなおしながら、F先生に確認させていただきたいことをまとめております。たぶん、とても多くのことをおうかがいすることになると思います。質問をまとめたお手紙は、追って別の封書にて送らせていただきます。
ご多忙のF先生にはご迷惑をおかけすることになると思いますが、どうかご理解とご協力のほど、よろしくお願いいたします。
原田さおり
追伸
F先生のお手元に「熱筆五人衆 其の三」がないとのことでした。また、細部の表現や台詞などは忘れてしまっているかもしれないともおっしゃっておられましたので、「ルート9」の部分だけになりますが、「熱筆五人衆 其の三」のコピーを同封いたしました。
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