読者から 6通目
F先生、さっそく返信をいただきありがとうございます。
やはり何か仕掛けがあると考えるのが普通ですよね。そもそも「未来予知」なんて、字面からして胡散臭いです。もし私が第三者の立場で今回の報告を読んだとしたら、F先生と同じ見解に至ったと思います。
ですが、あの場を直接体験した者としては、もしかしたらあれは、本当に三十五年という時間を挟んで行われたやり取りだったのではないだろうかと思えて仕方がないのです。ただし、何を根拠にそう思うのかと問われても、うまく説明はできません。なんとなくとしか言いようのない感覚なのです。
それでも一応、私なりに考えてはみました。今回、なんといっても怪しいのはAの存在です。よくよく考えてみれば、私が直接会ったのはAだけですし、ミユキ様がすでに亡くなっているということも、Aがそう言ったというだけで何の証拠もありません。Aとは何者なのか。ミユキ様とはどういう関係なのか。そんなことをつらつら考えているうちに、「へっぽこ探偵vs金曜日の魔女」のラストシーン――藤松君が衝撃の真相を暴き、ムラサキがその正体を現す場面を思い出したのです。
「もうバレてますよ、ムラサキさん、黒坊主さん、そして青山先生」
藤松君がムラサキに向かって放ったこの言葉の意味がすぐにはわかりませんでしたが、その先を読んで、思わず「えっ」と声を出してしまいました。
藤松君に追い詰められたムラサキは、その艶やかな紫色の髪を根元からつかんでぐいと引きはがします。するとそこに現れたのはスキンヘッドの黒坊主(妖艶なムラサキのメイクを施しているとあったので、ものすごい絵柄が浮かびました)、さらに懐から取り出した短髪のカツラを被ると青山先生に変身となるのです。三人はグルだったというだけでもびっくりさせられたのに、一人三役だったという駄目押しの真相には、頭がくらくらしました。なるほど、三人の寸分狂わない連係プレイと完璧な意思疎通が可能だったこともうなずけます。
ここで話を戻しますが、つまりはAとミユキ様も一人二役だったのではないかと一瞬疑ったのです。そして疑った直後に自分でその考えを否定しました。落ちついて思い出してみると、私とミユキ様がカーテン越しに会話をしている間、Aは私から見て左前方の手を伸ばせば届くほどの所に立っていたのです。声の一人二役といえば、思い浮かぶのは怪人二十面相シリーズでよく使われた腹話術ですが、この距離ですからそんなことをすればすぐにわかります。また、Aの両手はポケットに突っ込んだりはされておらず、少しでもおかしな動きがあればすぐに気づける状態でした。
他にもいろいろな可能性を検討してみたのですが、やはり私はテープに録音されたミユキ様の声と会話をしていた、と考えざるをえないという結論に達しました。
一方で、F先生のお手紙にあった「もしかしたらこうではないか」の内容がとても気になっています。このあとにご質問への回答を記しますので、トリック(タネや仕掛け)の解明にお役立てください。
〇カセットテープの質感(色や古さ加減)、ラベルに書かれていた文字や数字など。
↓
黒っぽい本体に白いラベルが貼られています。ラベルの中央あたりに茶とゴールドのストライプがあります。ラベルは全体的にやや黄ばみ、年代物であることは間違いなさそうです。ラベルに書かれている文字と数字は「OD―C60 TDK」です。
〇ラジカセのメーカーと機種名、あるいは外観上の特徴など。
↓
申しわけありませんが、こちらについてはほとんど記憶に残っていません。やや丸みを帯びた形状で色はグレーっぽかったような気がします。印象が薄かったということから、ごくありふれたラジカセだったのではないかと思います。
〇会話のときのミユキ様の声とカセットに録音されていたミユキ様の声は本当に同一のものか。
↓
これは重要な点ですよね。幸いミユキ様との会話と、Aが私の目の前で再生したラジカセの音声は、両方ともボイスレコーダーに録音できていますので、詳細な比較が可能でした。(ラジカセを持っていないので、カセットテープの音声を直接聞くことができず、ボイスレコーダーに録音されている部分のみでの確認ですが)
スマホにストップウォッチアプリを入れて、ミユキ様のセリフの長さ、無音部分の時間を測定し、カーテン越しの会話時のものとカセットテープの再生によるものを比較しました。その結果、完全にタイミングが一致することを確認しました。また、カーテン越しに聞いた声と間近のラジカセから再生された声の大きさの違いも、それらしい差が出ていたと思います。以上から、私が会話したミユキ様の声は、カセットテープに録音されていたもので間違いないと考えられます。
〇その他、今回の報告を送っていただいたあとで思い出されたことなど。
↓
今回の回答を作成するにあたって、何度もミユキ様の声を聞きました。私の主観ではありますが、ミユキ様はかなり若い女性なのではないかと思います。年配の方でも声が若々しいという人はたくさんおられますが、その話しぶりには年相応の落ち着きが出るものです。ミユキ様の場合、声の若々しさに加えて、言葉の端々に年配の方にはない幼さのようなものが感じられました。
あえて具体的な数字を言うなら、二十歳前後でしょうか。
あくまでも私の主観で、客観的な根拠は何もありませんが、そう大きくは外れていないような気がします。
前回いただいたご質問への回答は以上です。
正直に言いますと、頭ではそんなことはあり得ないと思いつつも、ミユキ様の完璧な未来予知は本当に行われたのではないかと信じ始めています。
K大学ミステリー研究会 太田俊哉
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