運命の相手

晴れ時々雨

✧︎

結婚する前の彼は何故か煮え切らない人だったの。でも付き合いが長引きそうなときやっと結婚を申し込んできて、私は二つ返事で妻になった。直感していたのね、私たちはぴったりだって。

二人で暮らすようになって、彼は徐々に本来の自分を表すようになった。私に何不自由ない生活を与えた。こちらが良かれと思って気を回したりすると途端に不機嫌になって私を責めた。彼が何を言いたいのかきちんと見極めるために、私はじっと彼の言葉に耳を澄ます。するとそのうち独りでにヒートアップした彼が喚き出した言葉の意味が理解できるようになる。

彼は不安なのだ。でもこうなってしまうと抱きしめて撫でてあげたくても近寄らせてもらえなくなる。だからただじっとして彼の話しを聞く。

誤解されると困るんだけど、彼は私を殴ったりしない。酷く哀しみに満ちたことを言うと、自分の大切な物を形が残らないくらいに壊す。

お義父さまから受け継いだ時計とか、お義父さまからいただいた卒業祝いや入学祝い、初めて自分で買った車、テニス大会のトロフィー、お義母さまの婚礼衣裳を引き裂いたし(これは私たちの式でも着た)、お二人から引き継いだ結婚指輪もトイレに流してしまった。

だからといって、私たちの家に何も無くなったりはしなくて、それまでの伝統を一新するかのように買える物は全部新しい物へ買い換えた。

ああ、彼は旧い物を捨てたかったんだ、と思うことにした。

どれもこれもとても大事にしていた物だけれど、私が介在する以前の品だったから。

それ以外にも、彼のお知り合いの方が我が家を訪問なさって帰られたあと急に壁をボコボコにしたり、こんなことは三度あって、その度同じ業者に依頼すると外聞が悪いということで三社に頼んで家に入ってもらった。

全然痛くないけど、たまにどうしても泣きたくなっちゃうことがあって、私が泣いたら彼が傷つくだろうなってわかったけどもう生理現象みたく垂れ流れちゃうから放っておいたら止まらなくてついに声をあげて泣いた。

赤ちゃんてこんな気分なんじゃないかな。全然言葉にならない感情の濁流が、それまで嵐の中を必死で突っ立ってた私を押し流していった。

子供みたいに、わーんわーんて泣いた。ずっと、たぶん数時間泣いてたと思う。そのあと2、3日声が出なくなったから。疲れると思うでしょう。ところが、そうやって思い切り泣き喚くと何かのホルモンが刺激されて覚醒したみたいに興奮してね、あんなに泣きたかった気持ちが嘘のように治まって、変よね。昂っているのに冷静というか、幽体離脱して周囲を俯瞰する、超感覚っていうのかな。研ぎ澄まされた、て感じ。

初めは泣き声に耳を塞いでいた彼も、呆れたのか誤作動を起こす私をどうにかしなきゃと思ったのか、しきりに私の背中をさすりだした。

それでも惰性がついた私は止まらなくて、ごめんねと思った。声帯を強く産んでくれた両親に感謝しなくちゃ。

ほらね。私たちは他人がどう言おうと上手くいっているんですよ。

抑制できないことがあるならいくらでも破壊しなさいな。物なんて買えばいい。修繕が無理なら引っ越せばいい。結局、後始末は彼がやるんだから。引っ越しできないなら壊れた家に住み続けたって私は全然気にならない。

これを支配というなら言えばいい。私は普通に外出もするし人とも会うわ。気に入らないなら壊して。私は耐えられなくなったら赤ちゃんのように泣くだけ。

そのうち殺されるって?

あはは、それもいいんじゃない。不思議と全く怖くないの。した事を即座に後悔する彼が、実行後どんな顔するのか見れないのは残念だけど仕方ないよね。

なあにその顔。

よその夫婦に口出しするなんて野暮よあなた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

運命の相手 晴れ時々雨 @rio11ruiagent

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る