第20話

 俺はとにかく急いで小さい男を連れて行こうと必死だった。

 早く誰かを連れていかないといけない……そんな気がしたからだ。

 走っている途中で振り返ると、小さい男は優雅ゆうがに辺りを見渡しながら歩いている。

 さらに、口笛を吹きながらやる気の無さそうな顔をしているので、俺はかなりムカついた。

『おい!!急げよ!!』

「あーマジかよ。マジのマジで猫が俺を案内してるわけ??」

 小さい男は、俺の姿を見ながらため息をついた。

「あーあっ、今ごろは佐奈さんと二人で仲良く帰れてたかもしんないのになぁー。あー剣のやつが来てなければなぁー」

 大きな独り言をいうので蹴飛けとばしてやりたくなるが、今は我慢がまんしようとぐっと堪えた。

 見失ったり何かやったら、小さい男はそれを理由に帰ってしまいそうだからだ。


 やる気のない小さい男を、なんとか路地裏まで連れて来ることができた。

 どでかい男は先ほどと変わらずに壁に寄りかかるように地面に座り込んだ状態で気絶している。

 どでかい男が倒れている姿を見て、小さい男はきっと驚いただろう。

 仲間が傷だらけになって気絶しているのだから、心配に違いない。

「……ありゃりゃ??かっじーったら、こんなとこで居眠りっすか」

『そんなわけねぇだろ』

 小さい男はニヤニヤとした顔でどでかい男の前まで行って、しゃがみ込んだ。

 思っていた反応と異なるので、俺は混乱していた。

「ホントかっじーは頭が固いんだからー。約束なんて守っちゃってばっかじゃないのー??」

『おい!!お前、仲間ならさっさと連れてってやれよ!!』

 小さい男は立ち上がり、どでかい男に背を向けて歩き始めた。

「あーうっせぇうっせぇ。そのまま寝かしとけ」

『おっ、おい!!』

 そう言って小さい男は後ろ向きで俺に向かってしっしと手を振った。

 そして、何を考えているのかわからないが、路地裏を後にしようとしているみたいだ。

『おっおい!!どこに行くんだよ⁉』

 俺がどんなにさけんでも、小さい男は気にすることなくその場を立ち去った。


『……なんでだよ』

 小さい男とどでかい男は、仲間じゃなかったのだろうか。

 俺はどでかい男に近づいて顔をのぞき込むが……まだ意識は戻っていないようだ。

 目覚めさせたい一心で、どでかい男の足をすってみたが、猫の手くらいでは全然ビクともしない。

『なぁ……起きろよ』

 こう言った路地裏だと、次にどんなやつが来るかわからない。

 怪我けがした状態だと、逃げることは難しいだろう。

 だから、せめて目覚めてくれればいいのに……

 俺はとにかく起こそうと、どでかい男の足を揺すったり、脇腹をたたいたりした。

『起きろよ……起きてくれよ!!頼むから……』


 ――加治……光!!!!


 突然、頭にその名が鳴り響いた。

 まるでフラッシュライトで照らされたかのように辺りがパッと白くなった。

 真っ白な世界はほんの数秒で、先ほどと同じ路地裏の世界が見えることに俺は安心した。

 次の瞬間、誰かが俺の首根っこを引っ張るような感覚におそわれた。

 俺の意識ははっきりしているのに、目の前にいるどでかい男からだんだんと遠ざかっていくのだ。

 何が起きているのかわからないが、俺はゆがんだ世界に引きずり込まれていった。


 すべてが歪んだ世界に変わったとき、俺を引きずる力は止まった。

 辺りを見渡しても、俺を引きずり込んだ誰かがいるわけでもない。

 歪んだ世界に、俺だけが存在している……そんな感覚に襲われた。


 ――ここはどこだ??


 声を出そうにも響かない上に、手足を動かそうにも感覚がない。

 俺は、自分の手を見ようとしたとき、自分の身体がないことに気づいた。

 人間でもなく、猫でもない……まるで一点の小さな光になっていたのだ。


 ――俺は死んだのだろうか……


 動きたくても動けない上、どこを見ても歪んだ世界が見えるだけで何も無いのだ。

 音もなく、人もいない……まるで宇宙にいるような気分だ。


 ――俺、まだやりたいことがあったのにな……


 そう頭に過ぎったとき、俺はハッとしたのだ。

 やりたいこととは……何のことだろうか。


 ――ズキッ


 不思議なことに、今の自分は光の球体だというのに頭痛がするのだ。

 もしかしたら、光の球体が頭なのかもしれないが……

 ズキンッズキンッと頭痛がして、今にも頭が割れて壊れてしまいそうだ。


 ――なんで、こんなに頭が痛いんだ??


「あぁっ。約束だな」

 懐かしい声に、俺はハッとして顔を上げた。

 昔っからずっと聞いていた声……声変わりしたのに、あまり変わらなくてがっかりしたのを覚えている。


 ――そう、俺の声だ。


 その瞬間、辺りにはまるで走馬灯のように俺の周りを映像がめぐっていく。

 映像がだんだんと光り輝き始めて、先ほどと同じように目の前が真っ白になった。


「あっれー??まだいたの」

 後ろから声がして、俺は意識を取り戻した。

 どのくらい経ったかわからないが、小さい男の声が聞こえてきた。

 振り返ると、面倒臭そうな顔をしながらペットボトルを片手に立っていた。

「マジで猫が人間の心配とかすんの??ウケるー」

 そう言いながら、小さい男はどでかい男に近づいていった。

 どでかい男の足元に俺は止まっていたが、小さい男がしっしと俺を払うので少しだけ離れた。

『助けに来た……んだよな??』

 俺がその言葉を発した瞬間、小さい男はペットボトルの中身をどでかい男の頭にかけ始めた。

「おらおら、お目覚めの時間ですよー。キンキンに冷えたお水様を俺様が買ってきてやったんだから……」

 小さい男が話始めている途中で、どうやら起きたようだ。

 勢いよく小さい男の頭をつかんだ。

「いでででっ!!⁇かっじー⁉俺っち、真田仁くんですよー⁇寝惚ねぼけてないで放してぇー!!!!」

「……」

 誰でも冷たい水をかけられて起こされたら、怒るに決まっているだろう。

 小さい男は何を考えて、そんなことをしたのだろうか。

「……寒い」

「いでででででっ!!!!ごめん、ごめんってー!!!!いずれは春が来るし、いいだろー⁇」

 小さい男はギャーギャーとわめいていたが、何事もなかったように二人は路地裏を後にしようとしていた。


「あっ」

 小さい男は突然立ち止まり、俺の方に振り返った。

「かっじー、そこの猫にお礼言ったほうが良いっすよ⁇猫が案内したんすから」

「……」

 そんなことを言って、誰がそんなことを信じるのだと言うのだろう。

 小さい男は事実なんだとさわぐが、どんどん胡散うさん臭くなってくる。

「……ありがとう。クロ」

 そう言って、二人は路地裏からいなくなった。


 どでかい男……いや、加治光。

 俺はアイツのことを知っている……いや、知っていて忘れていた。

 月海が言っていた忘れ物……それは、このことだろうか。

 もう見えない二人の後ろ姿を思いだしながら、ただ見つめていた。

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猫は水たまりの月を覗く 紗音。 @Shaon_Saboh

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