第19話

『くそっ!!』

 俺は大きな声を出しながら、走りだした。

 猫が道路を全速力で走るなんて周りの人は驚くかもしれないが、今はそんなことは関係ない。

 どでかい男があんな状態なのだ。

 とにかく早く、あいつらに知らせなければならない。

 多分、あいつらはまだ病院にいるはずだから、あの木に登って大きな声でさけべば気づいてくれるはずだ。

 だいぶ慣れてきたとはいえ全速力で走っていると、足がたまにぎこちない動きをして走りづらい。

 それでも、とにかく走り続けた。


 俺は路地裏を出て公園に辿たどり着き、人混みを避けながら病院への道を走り続けた。

 小学校の前を通りすぎれば、もう少しで病院へ辿り着く。

 生まれた時からこの町に住んでいるが、あまり病院へ行ったことが無い。

 だからもう少しとは言ったが、どのくらいで着くのかはさだかでない。


 どのくらい走ったのかは覚えていないが、病院が目の前に見えてきたのだ。

『後少しだ!!!!』


 キキィィィーーーーッ


 大きな音が聞こえて、俺は立ち止まった。

 そして、音がする方を見ると、バイクがこちらに向かって走ってきているのだ。

 驚きのあまり身体が動かなくなっていると、後ろから俺の身体を抱きかかえるように引っ張り上げられた。

「あぶねぇじゃねぇか!!気を付けろ!!!!」

 バイクの運転手は怒声を上げながら、そのまま走り去っていった。


 驚きのあまり俺は茫然ぼうぜんとしていたがその直後、まるでジェットコースターのように勢いよく地面に下がった。

『おわぁぁぁっっっ!!⁇』

 俺を抱えた人間は、俺ともどもドスンっと大きな音を立てながら地面にへたり込んだようだ。

 ゆっくりと振り返ると、俺をつかんだのは……剣だった。

「こ……こわかったぁ……」

 涙目になりながらも俺を掴んだ手はギュッと力強く放さなかった。

 ちょうど近くで井戸端会議をしていたおばさん達は、剣のそばに近寄ってきて剣の心配をし始めた。

「ぼく、大丈夫⁇怪我はしていない⁇」

「猫を守るなんて、すっごい勇敢ゆうかんな子ね!!偉いわー」

「ひっどい運転よね、まったく……この道は歩行者専用のはずなのに」

 口々に話を始めるので、剣は顔を真っ赤にしながら困っていた。


「剣!!⁇」

 剣の兄ちゃんである小さい男が、タイミングよく病院から出てきたようだ。

 何の騒ぎかと思い、野次馬気分でこちらまで向かってきたため気づいたようだ。

「あら、ぼくの……お兄さん⁇この子、大変だったのよ」

「ひっどいバイクの運転をする高校生から、子猫を守ったのよ!!えっらいわね」

「ぼく⁇お兄さんが来たから大丈夫よ⁇」

 先ほどと変わらず、口々に話をし始めるので、剣も小さい男も困った顔をして笑っていた。

「すみません!!弟をていていただいて、ありがとうございます」

 どう考えても不良だろうと思われる小さい男は、おばさん達に対して不良らしからぬ丁寧なお礼をしていた。

 そんな姿を見て、俺と剣は驚きのあまり開いた口が閉じなかった。


 おばさん達は小さい男と話を終えたら、そのまま解散していった。

 おばさん達を見送った後、小さい男はこちらにけ寄ってきた。

「剣⁉なんでこんなとこにいんだよ!!学校が終わったら、まっすぐ家に帰れって、兄ちゃんがいつも言ってんだろ!!」

 小さい男は先ほどまでおばさん達に見せていた優しい顔とは一転し、鬼のように怖い形相ぎょうそうに変わって剣を怒鳴り始めた。

「だって……ねこさんが……」

 剣はそう言いながら俺をギュッと抱きしめて泣き始めてしまった。

「ったく……ほら。帰んぞ」

 そう言って、小さい男は地べたに座ったままの剣に手を差しだした。


「ちょっとチビ。何してんの⁇」

 剣は泣きながらも片手を伸ばして小さい男の手を掴む瞬間、あの女の声がした。

 その瞬間、剣に差し出していた手はサッと消えて剣はそのまま地面に転がった。

「ふぇぇぇっ」

 まさかのフェイントを受けて、剣はまた泣き出しそうになっていた。

「さっ佐奈さん!!まだいたんすか⁉それなら声かけてくださいよぉー」

 小さい男はそう言いながら、女の方に向かってへこへこしていた。

「……どうしたの⁇その子……」

「いやいや。無関係の子なんで、気にしないでください!!ささっ帰りましょ!!」

 小さい男は女の視線から俺と剣を隠すように立ち、俺達を置いて帰ろうとしていた。


「……にいちゃんのばぁぁぁかぁぁぁ!!!!!!!!」

「うっせぇ!!バカ言うやつがバカなんだよ。バーカ」

 まるで小学生のケンカを見ているような気分にさせられる。

 女は小さい男を押して、俺達の方に視線を向けた。

 俺を見るなり、女はとてつもないほど怖い形相に変わった。

 ……やはり、この女は怖い女で間違いない。

「……何があったの⁇」

「へい。病院前でこの猫がバイクにかれそうだったらしく、うちのバカが助けたみたいなんすよ」

 怖い女を怒らせないよう、小さい男は怖い女の顔色をうかがいながら話をしていた。

「……本当に。人を不幸にするヤツだね」

 そう言いながら、怖い女は俺をにらんできた。

 俺が何をしたと叫びたいが、騒ぐと次は蹴られそうなので大人しくしていた。

「もうデカもいないし、さっさと帰るよ」

 そう言って怖い女ため息をついて俺達から通り過ぎた。

 その後を追うように、小さい男は付いて行った。


 ――デカ⁇


『あぁっ!!⁇』

 俺はバイクのせいで、記憶からどでかい男の記憶が抜けていた。

 俺は剣の手から離れるように暴れた。

「うぇ⁇ねこさん!!」

 剣の声に、怖い女と小さい男は振り返った。

「なっ!!」

 怖い女は俺が走ってくる姿を見て身構えていたが、俺は迷いなく小さい男の足にくっついた。

「うぉぉぉっ⁉なに⁇なにー⁇⁇」

 小さい男の左足にくっついたら、驚いた小さい男は左足を宙に浮かして足をブンブンと振った。

 俺は飛ばされないように必死に掴んでいた。


「にいちゃん!!」

「うぇ⁇なんだよー」

 俺が飛ばされると思ったのか剣は小さい男に近寄って右足にしがみ付いた。

 剣のおかげで、小さい男は左足を地面に下ろした。

「マージーで!!危ないから近寄んなよな⁇」

 剣に向かって小さい男が怒っているが、今はそんな状況ではない。

 俺は必死に小さい男のズボンのすそに噛みついて引っ張った。

「もー!!あっちもこっちもなんなのさ!!⁇」

 俺は必死にズボンの裾を引っ張り、どでかい男の元に小さい男を連れて行こうと思ったが、びくともしないのだ。

 やはり、猫の自分では人間を引っ張ることも動かすこともできない。


「にいちゃん……ねこさん、にいちゃんについてきてほしいんじゃない⁇」

 俺の必死な行動を見た剣は、俺のしたいことがわかったのか小さい男にそう言ったのだ。

「はぁ⁇」

『そうだよ!!早く来てくれ!』

 俺が大きな声を出すと、剣はやっぱりと声を出して小さくうなずいた。

「にいちゃん!!いってあげて!!」

「はぁっ⁇さっさと帰ろ……」

「おねがい!!!!」

 剣が小さい男へ祈るように頭を下げるので、小さい男はため息をついた。

「……チビ、あんたの家にそのチビ助を送ればいい⁇」

「へっ⁇佐奈さん、送ってくれるんすか⁇……てか、家知ってるんすか⁇⁇」

 怖い女は小さい男を蹴飛ばした後、剣のランドセルを押しながら歩いて行った。

 剣は俺の方に手を振りながら、怖い女について行った。

「……マジかよ」

『よし!!じゃあさっさといくぞー!!』

 俺が小さい男に声をかけると、小さい男はため息をつきながら歩き始めた。

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