第6話

『あんた、臭いわね』

 でかい顔の猫が鼻をつまみながら、手でしっしっと振る。偉そうにドスンと座っているが、どう見ても猫の座り方ではない。女王様のように足を組んで座っているのだ。俺は猫に詳しくないが、こんなにデカい猫なんているのだろうか。

『ここまで来れるような頭脳は無さそうなのに。……運が良いのかしらね⁇』

 デカ猫は俺を見て次はクスクスと笑い始めた。俺はここまで来て、何をしたかったかが思いだせない。こいつの顔を見ていると、腹の底からむかむかとしてくるのだ。

『あのさ』

『あんた初対面のくせに、タメ口きくつもり⁇』

 デカ猫もそうだろうがと言ってやりたいが、おれは人間だ。理性のある人間だ。こんな挑発に乗ってはいけない。ここで大人の対応をしなければと笑顔を向けた。

『あ……あのですね』

『あーやだやだ。レディがどうぞとも言っていないのに、勝手にしゃべるなんてダメンズじゃない!!』

 デカ猫は顔の前で手を振り、とても嫌な顔をしながら俺を見る。どうして俺は初めて会ったこのデカ猫に馬鹿にされなきゃいけないのかわからない。

『……失礼なだな』

『あんた……誰にもの言ってんの⁇』

 でかい顔の猫はブルブルと震えて、今にも怒りそうだ。デカ猫にはせまいこの空き地でブルブル震えるせいで、今にも壁が壊れそうに振動している。空き地が更地さらちになりそうで、俺はあせり始めた。

『おっ……おい!!!!壊れそうだから、暴れんなよ⁉』

『……失礼よ』

 ブルブルと震えていたデカ猫は、ピタリと動きを止めた。

『……ふう。おい、!!俺は』

『デカネコデカネコうるっさいのよぉぉぉぉっっっ!!!!』

 突然、デカ猫が俺に飛びかかるように両手を上げて倒れ込んできた。俺は咄嗟とっさに避けるが、どっしんと大きな音が鳴り響いた。

『おっ、おい⁉危ないだろ⁉』

 俺は心臓をバクバクさせながら、デカ猫から離れた。デカ猫は倒れたまましくしくと泣き始めた。

『えっ……何⁇』

『あんたって無神経な男よねぇ⁉これだからあんたみたいな男は嫌いなのよぉ!!』

 デカ猫は大声を出しながら、大粒の涙を辺りに散らばしていた。

『えっ……ごめん。俺なんか言っちゃった⁇』

『……レディに失礼なの』

 ぐすぐすと泣きながら、不細工な顔を俺の方に向けてきた。ふと、何か頭をぎったが、わからない。ただ、なぐさめなくてはいけない気がした。俺はデカ猫の頭をでた。

『……本当に失礼な男。レディの頭を勝手に触るなんて』

 ギロリとにらまれて、俺は急いで手を上に上げてまた離れた。

『あんたねぇ、レディにデカいって言うのはとぉぉっっっても失礼なのよ⁉』

『へっ⁇』

 俺はきょとんとした。デカ猫は俺の何十倍あるかわからないくらいデカい。人間と並んだら、どちらがデカいのかわからないほどだ。デカ猫からすれば俺なんてミジンコ程度ではないだろうか。

『デカいって……悪いこと⁇』

 俺は頭をかしげると、デカ猫は鬼の形相でまたも怒り始めた。

『あんたはレディに対する礼儀がなってないわよ!!こんなだから、モテないのよ!!』

 デカ猫はグサリと刺さる一言を言ってきた。そう、確かに俺はモテない。だが、猫に馬鹿にされるほどなのかとショックを受けた。

『……悪かった。本当にごめん!!』

 俺は頭を深々と頭を下げた。デカ猫がどんな顔をしているかわからないが、とにかく誠心誠意込めて謝ったのだ。

『……許さないけど、用件だけは聞いてあげるわ』

 俺はゆっくりと顔を上げて、デカ猫の方を見た。そっぽを向いているが、話を聞いてくれるようだ。

『お前は占い猫であってるんだよな⁇』

『そうよ。ここで、迷えるもの達を導いてあげているの』

 デカ……占い猫はグスグスと鼻をすすりながら答えた。この猫を見ていると人間っぽさを感じてしまう。

『俺、自分の身体に戻りたいんだけど、どうやったら戻れるの⁇』

『さぁね』

 占い猫はプイっとそっぽを向いた。まだねているようだ。

『悪かったって。でも大きい女性だって魅力的だぞ⁇俺、自分より大きな女性とかカッコよくて憧れるし』

『……あんたってなぐさめ方も下手なのよね』

 デカ……占い猫はまたも俺を馬鹿にしているようだ。俺は少し顔が引きりかけているが、ここでケンカしては元も子もない。

『ごめん。俺、見たまま思ったままを言っちゃうから、傷つけていたなら本当にごめん』

 俺はとにかく謝った。もともとなんでも言ってしまう性格で、クラスの女子を泣かしてしまうことや、先生に怒られたりすることもあった。だから、気を付けているつもりだったが、まさか猫に怒られるとは……

『……今日の夜、あんたの一番大切な思い出の場所の水たまりを見なさい』

『えっ⁇』

『そこに、あんたを導く月があるから』

 そう言うと占い猫は反対を向いた。尻尾しっぽで俺のことをしっしと追い払う。

『ちょっ、待って!!思い出の場所って⁉』

『そんくらい、自分で考えなさいよ。あんたのことあたい嫌いだからここまでしか教えてあげないわ』

 占い猫に尻尾でペッと飛ばされて、俺は草むらから歩道に吹っ飛ばされた。

 ゴロンと転がって、痛い……気がしたのだがさすが猫というべきか。受け身が取れたのか着地に成功していた。

『あぁっ、くそっ』

 俺はイライラしつつ草むらから見える尻尾を睨んだ。

『もう少し教えてくれてもいいじゃん!!』

『やーよ。あたいが言ったのに、まだタメ口だし』

 占い猫は俺をあざ笑うように、尻尾をフリフリと振る。占い猫にムカついてはいるが、仕方ない。

『……教えてくれてありがとう!!もう来ないからな!!!!』

 俺は捨て台詞のように叫んで、その場を離れた。


 ◆


 ゆっくりと草むらから顔を出し、先ほどの黒猫がいないことを確認した。そして、ゆっくりと奥に戻った。ここはあたいの場所、あたいの最期の場所だ。ゴロンと倒れながら空を見つめていた。

『なんであの子はあんな馬鹿を好きなのかね……本当に無謀むぼうだわ』

 空に手を上げて、雲をこちらにまねくように腕を動かした。

『あの子にできること……これで十分かしら』

 もう記憶のなかのあの子の顔を思いだせなくなってしまっている。だが、あの頃が一番幸せだったと思う。ただただ、あの子が幸せになることを祈っている。

『……次の迷えるものかしら⁇』

 ゆっくりと草むらを歩いてくるものがいる。あたいはいつものように定位置に座り、迷えるものを待つ。猫又ねこまたになってまでここにいる理由は何かわからないけど、あたいのように悲しい思いをしてほしくないものだ。だから、今日も迷えるものを導いているのだ。

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