第7話

 占い猫にムカついてその場を後にしたのはよかったが、結局どこに行けばよいのかわからない。

 一番大切な思い出の場所、そこにある水たまりを見ろと言うのだが、まず大切な思い出の場所が思いつかない。学校や家、どこか忘れたがテーマパークとか出かけた思い出とか、色んな思い出はある。だが、どれも楽しかったし、大切な思い出だから順位をつけるものではない。

 俺はため息をつきながら、通ってきた道をとぼとぼと歩いていた。

『やぁ、また悩み事かい⁇』

 頭上から声がしたので上を向くと、またものしり猫がいたのだ。

『お前……俺をつけてるのか⁇』

 ものしり猫をにらむとクスクスと笑いながら首をかしげた。

『さぁ⁇ただ、ここを君が通る気はしていたよ』

 そう言うと、ものしり猫は塀から飛び降りた。そして、ゆっくりと俺の前に近づいてきた。

『どうだい⁇猫になった気分は。楽しんでいるかい⁇』

『……さぁな』

 猫になってどうかって⁇ものしり猫にこの気持ちがわかるわけがないだろう。突然、四足よんそく歩行で小さくなって、距離感がいまいちつかめないし、走るのもなんか変な感じがして、長く住んでいるのに土地勘が狂いそうな変な感じなのだ。

『なぁ、一番の思い出の場所ってどこだと思う⁇』

 俺はものしり猫に質問した。と言うのだ、知っていてもいいだろう。ものしり猫は尻尾しっぽを振りながらにこりと笑った。

『君はどうでも良い場所を知っているかい⁇』

『はぁ⁇』

 思ってもいない返答に、俺は情けない声を出してしまった。

『私にとって、いつもいる場所はどうでも良い場所なのだ。何も考えていなくても身体がその場所に行く道を勝手に覚えていて、気づけばいつも辿たどりりついてしまう。そんな場所なんだ』

 何が言いたいのかわからな過ぎて、俺は口がぽかんと開いてしまった。ものしり猫に……いや、猫に聞いた俺が馬鹿だったのかもしれない。

『君にもあるんじゃないかな⁇帰る場所』

 ニヤリとものしり猫は笑い、飛んで塀を上っていってしまった。

『おい⁉ちょっ……』

 ものしり猫に置いていかれた俺はまた、ため息をついた。気づけばいつも行ってしまう場所、意識していないどうでもいい場所、帰る場所……どういうことなのだろうかと考えていた。トボトボと歩いて、ふと足を止めた。

『いつも……いる場所』

 俺は猫になったはずのに、勝手に身体が動いた。まるで吸い込まれるようにある場所に走り始めたのだ。


 日も暮れて、すっかり夜になった。俺は、今日俺が猫として目覚めたあの公園に来ていた。いつも遊ぶ時は公園に来ていた。学校帰りや友人と遊ぶときはどこで遊んでいようと最後はここに辿り着いていた。

『ここが……俺の帰る場所⁇』

 特別何かあるわけではないが、思い出を思い返すと思い出の数々の中にこの公園はあるのだ。俺は公園内を歩き回った。辺りを見渡すが、どこにも水たまりなんて存在しない。

『……やはり、あの占い猫にだまされたのか』

 俺がまたため息をついた時だ。頭にポツリと水滴がついた。上を見ると、空から無数の水が降ってきた。

『あっ雨だ!!』

 俺は急いで、近くにあるベンチの下に入った。このベンチにも思い出がある。小さい頃、幼馴染の月海るうと遊んでいた時、通り雨が降った。その時、このベンチの下に隠れたのだ。あの頃は二人で隠れるのでギリギリだったが、大きくなってからは一人で隠れるのも一苦労だった。だが、猫になったからかなり広い。走り回れるではないか。不覚にも一人で笑ってしまった。

『こういうのも……大切な思い出になるのかな』

 俺は座って雨が止むのをじっと待っていた。


 通り雨だったようで、すぐに雨は止んだ。だが、ここで大変な問題が起きた。一つもなかった水たまりが大量発生してしまったのだ。小さいのから大きいの、どれを見ればよいのかわからなかった。

『マジかよ……』

 俺は一つずつのぞくが、何も起こらないのだ。占い猫が言っていた言葉をもう一度思い出す。

『一番大切な思い出の場所……水たまり……』

 後、何か言っていた気がするのだが、思いだせない。導く……何か⁇

『あぁったく、考えても思いつかないよ!!』

 俺は水たまりに倒れ込んだ。ベシャッという音とともに水がはじけた。冷たい。朝、起きたときはそんなことはなかった。むしろポカポカと気持ちの良い陽に温かな地面だった。

『……なんでもない場所』

 俺はゴロンと身体を転がして立ち上がった。そして、今日の朝に起きた場所へ向かった。噴水ふんすいの近くには大きな水たまりがあった。俺はそれを覗き込んだ。

 猫の姿……今の俺が映し出された。だが、何も変わりはなかった。

『ちぇっ、ここかと思ったのに違うか』

 他も探さなくてはいけないのかと大きなため息をつき、噴水を見た。そう言えば、この噴水にも思い出がある。小学校の頃に男子何人かで集まって噴水の中に入って水遊びをしたのだ。あの日は特に暑い日で、遊ぶにはこれしかないと水鉄砲や水風船を使って遊んだのだ。すぐに、担任の先生がけつけて烈火れっかのごとく怒られたものだ。ばつとして、放課後に担任の監視下かんしかの元、草むしりやゴミ拾いを一週間やらされたものだ。

 それを月海に話すと、馬鹿だと笑っていたものだ。

『あっ……』

 ふと俺は思いだした。いつものベンチに座ってその話をしている時に猫の声がしたのだ。月海が辺りを見ると、噴水の前に段ボールがあったのだ。その中に子猫が捨てられていたのだ。

 月海はその子猫を連れて帰り、初めて親にお願いをして、子猫を飼うことにしたのだ。人懐っこい子猫に俺と月海はメロメロで、毎日公園に連れてきて遊んでいたのだ。あまりにも遊びすぎて、夜遅くなった時は月海と一緒に両親達に怒られたものだ。確か名前は……クロだ。俺が黒い猫だからクロと言ったら、月海は安直すぎると言いつつもクロと呼んでいたのだ。


 一番かはわからないけど、俺にとってあの日の思い出は大切なものだった。やはりここでよいのだと、水たまりを見つめていると急に明るくなったのだ。どうやら雲に隠れていた月が姿を現し、水たまりに反射して映ったようなのだ。

『導く……月……』

 俺は、占い猫が言っていた言葉を思いだした。だが、月が映ったからどうなるのかわからなかった。

 その時、上から水滴が降ってきて水たまりに落ちた。水たまりはゆがみ、俺の顔も月もぐちゃぐちゃになった。少しずつ波紋はもんが落ち着いてきた。

 俺の顔が再び水たまりに映ったのだ。そして、明るい月……月が人の形をしてかけているのだ。

 俺は振り返った。そこには幼馴染の月海が立っていた。

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