第4話

『お前がそのチビを守りたい気持ちはわかるが、今までずっと悪さばっかりしていたんだ。そんなチビを守るとお前も同罪だぞ』

 リーダー猫は俺に詰め寄った状態で、怖い声でおどしてくる。他の猫もじりじりと詰め寄ってきており、俺と子猫は徐々に壁際に押しやられていた。

『確かに俺はここらの猫のルールなんて知らないけど、だからってこんなちっさい猫をルール違反でどうこうするのは可哀想じゃないか⁇』

 俺がそう言うと、リーダー猫の周りの猫達は顔を見合わせた後、鬼の形相でにらんできた。

『こいつ、俺んちの庭で勝手に日向ぼっこをするわ、水浴びしやがったんだぞ!!』

『オイなんか、ご主人が用意した昼飯を毎回持ち逃げされてたんだ!!』

『僕なんてこいつが勝手に家の塀にうんこしたのに、ご主人は僕だと思って物すごく怒られたんだぞ!!』

 猫達は口々に文句を言い、子猫をただじゃおかないと怒っていた。だいぶやらかしていることに顔が引きつりつつ子猫を見るが、不服そうな顔をしていた。

『おい、お前はなんでそんなことをしたんだ⁇』

 俺が問いかけると子猫は俺の顔を見て、何か悩んだような顔をした後、猫達にこう言った。

『……なんでやっちゃいけないの⁇』

 俺の背中に隠れながら、猫達をジトっとした目で見つめている。猫達の方を振り返ってはいないが、ひんやりとした視線が背中にずしずしと刺さっている。

『だって、てかてかのやつに当たるとポカポカしてあたたかいし、眠くなるじゃん。チリチリ熱くなったら身体を濡らしたくなるんだもん。そんな当たり前のこともあんたは分かんないの⁇』

『なっ……』

 勝手に庭を使われた猫は顔をどんどん真っ赤になっていった。そして子猫は次の猫をジトっと見ながらつづけた。

『お腹すいてご飯を食べるのに、何が悪いの⁇あんたはご飯食べないの⁇』

『なっ、腹が減ったからって他のヤツのものを取るのは悪いに決まっているだろ⁉』

『ご飯が出てきたときに、誰もいなかったもん。それにそんだけ大柄なくせに自分より小さい猫に飯取られるなんて、どんくさいと思う!!』

『ニャニャニャッ⁉』

 次の猫は先ほどの猫とは異なり、顔が真っ青になってしまった。俺はコイツはなんてことを言うんだとあわあわしていた。

『それに!!うんこって出ちゃうんだから仕方ないじゃん!!おじさん達はうんこなんてしないって言うの⁉』

『えっ、おじ……⁉』

 次は目をかっと開いて驚きが隠せないようだ。口はわなわなと震えているが、言葉に詰まってしまっているようだ。

『……で、言いたいことはそれだけか⁇』

 三匹の猫が固まっていたが、もう一匹の猫は冷静に話を聞いていたようだ。ため息をつきながら俺の前まで出てきた。

『お前は今の話を聞いて、それでもこのチビ猫をかばうのかい⁇』

『……』

 多分なにも知らない子猫だから、こんなことをやってしまったのは仕方ないことだと思う。だが、今この状況でこんな態度に、相手を挑発してしまうのはどうしろというのだと……。

『おい』

 ため息をつき、俺は子猫の方を振り返った。先ほどまでは強気な顔で猫達を見ていたが、俺が振り返ると今にも泣きそうな顔をして震え始めた。

『……言いたいことはいっぱいあるけど、お前の親猫はどこにいるんだ⁇』

『おやねこ……⁇』

 子猫は不思議そうに首をかしげている。

『えっと……お前の母ちゃん、父ちゃんってところかな』

『かあちゃん⁇……とうちゃん⁇』

 こいつはなんでも疑問で返してきている気がしていたが、まさか自分の親についても疑問で返すとは思わなかった。あきれ顔をしつつ俺は子猫の前に向き直って座った。

『母ちゃんと父ちゃんはお前の親で、産んでくれた猫のことだ。それくらいは分かるだろ⁇』

 言葉の知らないこの子猫に真面目に話しかけるが、子猫は下を向いて腕の毛をつくろい始めた。

『お前、どうせこんなんだと迷子だろ⁇母ちゃんと父ちゃんに行くなって言われたのに、好き勝手ウロウロしてて帰れなくなったんじゃないのか⁇』

 子猫の毛繕いしている手を止めて、顔を覗こうとするが、子猫が顔をさらに下に向けてしまうのでまともに顔が見えない。

『なぁ、このままだとお前を守ることも親に合わせることもできなくなりそうだぞ⁇何か言ってくれないか⁇』

 俺は子猫にできる限り優しい声をかけた。もしかしたら悩んでいるのかもしれないし、黙ったままの子猫をじっと見つめていた。その間も俺の背中にはあの猫達のするどい視線が刺さっていて痛すぎる。

『……の』

『んっ⁇』

 子猫はぼそぼそと話をしており、あまり声が聞こえない。だから耳を近づけてその声を聞こうとした。

『行くなって言われたことないの……』

 子猫は悲しそうな顔をして下を向いた。ニュースでちょくちょく話題になっているネグレストってやつかと思った。親猫に相手にされないから、誰かに相手にされようと歩き回っていたのだろうか。

『そっか……じゃあ親猫のところに帰ろうか⁇』

『……いないの』

 俺はえっと疑問の声を上げ、子猫に何がいないのかと聞こうと思った。だが、子猫の顔を見て俺は何となくその次の言葉が予想できた。

『かあちゃん、とうちゃん……いないの』

『……いないって、今ここにってこと⁇』

 そう言うと、子猫は首を横に振り、今にも涙が零れそうな瞳で俺を見つめてきた。

『いつもひとりだったからだれもいないの……ずっと同じところにいたんだけど、そこにいた人がいなくなっちゃったの……』

 子猫は最後まで言うとぐすぐすと泣き始めた。俺は子猫の言ったことを整理した。

 子猫は両親と一緒にいなかった。むしろ、産まれてからずっと一人だったということだ。周りには猫がいない環境で育ったということか……。もしかしたら家の中で飼われていた猫ということかもしれない。

 そして、家の中で子猫を飼っていた人間は、突然いなくなった……つまりは引っ越したということか。引っ越し先で飼うことができないか何らかの理由で、この子猫を連れて行かずにいなくなった。つまりは子猫を捨てていったということだろうか。

『……ごめん、お前はよく頑張ってたんだな』

 俺は子猫の頭をポンポンと叩いて抱き寄せた。子猫は俺の腹辺りにかおをつけてさらに泣いていた。

 最初は我儘わがままそうな猫かと思ったが、何も知らない、教えてくれる猫がいたわけではない状況で、生きることに必死だったんだと思う。そう思うと何を言ってあげるのが良いかわからなかった。

 そんなことを考えていると、背中に物凄い圧を感じた。俺は子猫を腹に隠しつつ恐る恐る振り返った。

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