第2話
なんとか自宅までたどり着いたのだが、一つ問題がある。
それは俺が猫であること。自宅の鍵を使ってドアを開けることや、インターホンを鳴らすことなどできない。どうしようかと思い、塀を見てみる。もし、本当に猫であれば、飛んで上に登れるのではないかと思う。いつも見ていた塀はそんなに高くないのだが、こう見てみると異常に高いと思う。
意を決して飛んでみるが、塀に手を付けてズルズルと落ちてしまった。再度飛んでみるが、全然飛べないのだ。よく猫は塀の上にいるのだから、そのくらい飛べるのではないかと思ったのだが、案外飛べないのだと知った。
『どうすればいいんだ?』
猫はいつもどうやって上るんだろうか。ジャンプと手を使っても一番上に手が届かないのであればどうすればよいのか悩んだ時、ふと足を使って見るのはどうかと思った。小さいころ、高いところに上る時に手が届いても身体を持ち上げることができなかったのだ。その際に足で勢いよく壁を蹴り上げたら上れたことを思いだしたのだ。
『よし!やるぞ!!』
気合を入れて塀に向かってジャンプした。まずは手が壁について、その勢いに任せて身体を縮めこめるように足を上にあげて塀に付ける。手で身体を押し上げ終えたらすぐに腕を上に伸ばし、足で壁を蹴る。すると、身体は宙を浮くよう軽く、壁をよじ登ることができたのだ。
『やった!上れたぞ!!』
上ることができたことに歓喜をしつつ、塀の上からリビングの窓を覗いてみた。
『親父と母さんだ』
リビングには寄り添うようにくっついている両親がいた。俺がいるときはいつも厳格そうな父親に、にこにこと家事をする母さんの姿しか記憶にないのだ。こんな恋人のようにくっついている両親など見たことが無かった。
『おいおい、俺がいないといつも二人はこんなんなのかよ……』
両親のそんな姿を見て、恥ずかしさより呆れてしまった。いつも俺がいる前では亭主関白のような親父も二人だとデレデレとくっついているんだと……そうこうしていると、家の前にタクシーが止まった。二人は寄り添いながら、玄関から出てきてタクシーに乗っていった。
『ちょっ、待って!!』
あまりの早さにすぐに反応できず、両親がタクシーに乗って動き出したときに追いかけ始めたのだ。そのせいで、頑張って走ってもタクシーに追いつくことができなかった。
『マジかよ……どうすればいいんだ』
俺が帰ってきていないのに、タクシーに乗ってどこに行くんだという。今日が平日なのか休日なのかわからないが、二人で出かけたということはデートか何かだろう。自分がこんなに困っている時に、両親は何を考えているんだろうとため息をついた。
『……学校に行ってみるか』
とりあえず、学校の自分の教室に行けば今日が平日か休日かはわかるし、クラスの連中がきっと心配くらいしてくれているだろう。もしかしたら、猫の俺に誰かが気付いて助けてくれるかもしれないし、行ってみようと走りだした。
学校に辿り着くと、校庭では体育の授業でどこかの学年が校庭を走っていた。
『俺の……クラスではないな』
そそくさと校庭を通り過ぎ、下駄箱に辿り着く。自分の靴箱を見ると上履きが置いてある。猫と身体が入れ替わったとかでなければ、学校に来ているはずがないもんだと思いながら、授業中の廊下を歩いて階段を上る。三年の教室は一番上だ。
今年、高校受験を控えていると言うのに、こんなんでは受験もできないのではとゾッとしながら、ゆっくりと教室へ向かった。
自分のクラスにつくと、まずは後ろの扉を小さく開けた。見たところ、授業中でテストか何かをやっているのだろう。誰も話をしていないし、何かの授業担当の先生も教壇の横の椅子に座って本を読んでいた。静かに後ろから教室に入り、自席に向かうが、そこには別の誰かが座っていた。
『あれ?俺の席、誰かが座ってる?』
顔はよく見えないが、知らない誰かが俺の席に座っていた。俺がいない内に席替えしたのかと焦って席を探すが、みんな座っていて俺の席はなかった。
『……嘘だろ?』
段々とクラス内でざわざわと声が出始めていた時に、俺の席を見つけたのだ。一番前の窓側の席に移動されていた。なんて運の悪い席だと残念に思いながら椅子に乗った時だった。誰かに首根っこを掴まれたのだ。
「なんで猫が俺の席に座ろうとしてるんだよー」
聞いたことの無い声に驚いて振り返ると、知らないやつがいた。突然目線が高くなったことで周りのクラスの連中の顔を見る。そもそもこのクラスには、俺の知っている友人は一人もいなかったのだ。クラスの人は口々に猫だと騒いでテストどころではなくなった時だった。
「静かに!みなさん、テスト中ですよ!!
先生が大きな声で怒鳴った。この声は知っている。国語の授業を担当する
「あぁっ、本日はテストは中止です。こんな状態では回答を埋めてない人もいると思いますので」
矢下先生は怒りながら、片づけを始めていた。
「その代わり、皆さんにはテスト範囲になる三十五ページから四十ページの漢字をノートに十五回ずつ書いてもらい、明後日の授業日に提出してもらいます。また、その範囲をプラスして今回のとセットでテストを行います」
クラスから怒涛のブーイングが聞こえてくるが、矢下先生は顔色一つ変えずにこちらに向かってきた。
「沢田君、その猫は学外に出すので、渡してください」
はい、と返事をして俺を矢下先生に渡した。俺は荷物か何かなのかと思いながら、矢下先生に抱えられながら教室を後にした。
『矢下先生!!俺、俺だよ!!
腕でぐっと抑えられていて身動き取れないが、矢下先生に向かって大きな声を出すが、全然聞こえていないようだ。
『ねぇっ!わからない!?俺の声が聞こえないの!?』
必死に声をかけるも虚しく、校門前に辿り着いてしまった。矢下先生は俺を腕から降ろすと、頭をなでていなくなってしまった。
両親は俺がいなくても普通に仲良く暮らしていた。クラスには俺が知っている人も俺の席もなかった。まるで、元から自分はこの世界にいなかったのではないかと考えていた。本当はこの記憶も偽物で、実は夢見るただの猫だったのかもしれない。悲しくて悲しくて、でもどこにも行く場所なんてない俺はトボトボと歩いている時だった。後ろから声が聞こえたのだ。
『やぁ、人の魂を持つ黒猫さん』
驚いて振り返ると、そこには茶色と黒の模様がついた猫がいた。
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