弥生 スノードロップ
やけに頭頂部がスース―する薄荷を塗られたみたいにスース―。
手が開きにくい指と指の間に半透明の緑色の糊みたいなのがくっついているヌチャヌチャ。
鼻よりも低いはずの唇が視界に入るひよこの嘴みたいに黄色の三角形の硬い唇がパカパカ。
「河童師匠。使っていいのですか?」
太い眉毛、短い髪、甚兵衛を着ている彼女は今、意志の強い眼差しに困惑の色をこれでもかと乗せている。
そりゃあそうだ。
薬草の師匠でありながらも不親切にしか教えない、お金大好き妖怪の河童である俺が突然、スノードロップを手渡そうとしているのだから。
思い出せることを思い出したら即花を探して摘んでくるのが癖になっているようで。
今回も適当に教えている最中に思い出しては、走り回って今の時期に咲いているスノードロップを見つけ出し、根から掘って戻って来て彼女に手渡そうとしているこの状況。
おお、つーか。初めてじゃん。話せる動物。いや、空想動物に生まれ変わったの。
「やる」
ぶっきらぼうにしか言えないのゆるして。
これまでの河童動生もあるからいきなり素直になれないの。
「え?」
困惑させてごめんねー。そうだよねこれまでの河童の俺からしたら手渡すわけないもんね、薬草だって口頭で適当に教えて自分で取って来いってすげなかったもんね。
「てめー。なんで急に花なんか。ま、まままままさか。てんめえ」
彼女ではなく、もう一人の奇特な弟子が俺が彼女にスノードロップを手渡しできないように立ちはだかっている。
いやいやいや、うんうん。
君が彼女に好意を抱いているのは知っているよ。
もちろん、邪魔をするつもりはないよ恋敵になるつもりも毛頭ないよただスノードロップを渡したいだけだから邪魔しないで。
そーゆー想いを舌打ち一つで表したら、まあ、なんてことでしょう。
弟子はあろうことか毒を俺の頭頂部にぶつけて来たではありませんか。
即効性もあり効果は抜群だ。
俺以外だったらね。
「っち。邪魔すんな。こぞう」
「小僧じゃねえし!あんたの一番弟子だし!つーか!なんで急に二番弟子に花を。しかもこんなかわいいスノードロップを渡そうとしてんだよ!」
「理由なんぞねえわ。さっさとどけ」
「やだね!」
とゆーやり取りを、弟子と彼女が死ぬまで続けまして。
俺は初めて彼女を見送る立場になったのでした。
(2021.12.12)
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