葉月 ベニバナ




 雑食性ですが植物性を好み。

 体色は黒く、胸に白い月の輪の模様があって。

 全長百五十センチメートルあります。

 どうも。ツキノワグマに生まれ変わった俺です。


 前回のアフリカオオコノハズクで、彼女に花を手渡す旅も終わりかと思っていましたが、どうもそうではないようで。

 いやー。

 やっぱ、ヒマワリを握り潰されたのがいけなかったんでしょうかねえ。


 過去に想いを馳せている俺はなぜだか今、彼女に手渡すべくもっさり積んだベニバナで、腰から下を飾られています。スカートのような感じです。


 え?なんで?

 もしかして生贄?

 雨乞いとかそんな感じの生贄用に装飾されている?

 とかではなく。



「よし、できた」


 唇と目元にひかれた紅がひどく艶っぽく目に焼きついたのに、はにかんだ途端、幼さが前面に出て、紅はただの健康色へと姿を変えた。


「行こう」


 着物を身に着けたおかっぱ頭の彼女は俺の手を握り前へ前へと歩き出した。




「人間に好意的なツキノワグマにベニバナを飾ってね、見送られた子どもは無事に村の外に行けるって伝承があるの」



 とゆーわけでして。

 チャンスです。

 彼女は村の外に出るという大きなイベントを迎える。

 見送る時にベニバナを手渡す。

 彼女は笑顔で受け取り、新しい一歩を踏み出す。

 完璧だ。


 よし。スカートのベニバナを。

 取って、いいのか?

 飾っているベニバナを取ったら、無事に村の外に行けないって不安を植え付けるんじゃないか?

 かと言って、この場を今離れて別の花を取ってくるのも、得策じゃないような。


 ああ、そーか。

 ついていけばいいんじゃね。

 道すがらに咲いている花を手渡せばそれで。


 と思ったけど。

 ナニコレヤダコレ。

 村の外に出られません。

 透明なプラスチックの板が俺を阻んでいます。


「じゃあね。ツキノワグマさん。ありがとうね。これからの子どもたちも見送ってあげてね」


 うえええー待ってー行かないで―。

 花を手渡させてえー。


 往生際悪くプラスチック板にタックルしまくっていたら、村の人に麻酔針を打たれてしまって、眠りに就いて。

 起きては、プラスチック板にタックル、麻酔針を打たれるの繰り返し。

 何回も、何十回も、何百回も。


 そうしていつのまにか、寿命を迎えていました。

 ほかの子どもたちの見送りを他のツキノワグマがしてくれたことだけが幸いでした。









(2021.12.11)



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