第3話・ブラッドイーター


 春の夜風が吹く住宅街を再び歩き始め、彩香はハルがどんな漫画を読んでいるのか気になったため「ちなみにハルはどんな漫画を読んでいるんだい?」と尋ねると、ハルは「最近は「お隣さんは転生者」にハマってる」と答えた。


「あの主人公の自宅のお隣さんが異世界転生者っていう異世界転生モノ?」


 ハルの読んでいる漫画の内容を少し知っている彩香はそう尋ねると、ハルは「コミックスが実家にあるのでよかったら今度読みます?」と返した。


 流石に溜口で話すにはまだ慣れていないが、これもじきに慣れるだろう……だが、これだけは慣れ以前の問題な気がした。


「ワレとしては一日でも早く続きを読みたいのだが?」


 ハルの前を後ろ向き歩きで歩きながら圧をかけるようにシュタインがそう言うが、ハルは「新刊の発売日まであと一週間だったかな?」と口に出すと、シュタインは後ろ歩きしていたため「後ろから来るぞ! 気をつけろ!」と背後から迫るモノに対して忠告した。


 シュタインの警告と同時に、ゾクッと背後から殺気を感じたハルは振り向くと、そこには街灯の光に鈍く反射する一振りのナイフを握った闇夜に紅く光る双眼の茶髪ロングヘアのレディーススーツを纏った若いOLのような女性がハルに向かってナイフを突き出した。


 ハルは体を右に捻って突き出されたナイフをスッとかわし、右手の手刀をナイフを握っている右前腕に向かってビシッと叩きつけた。


 女性はたまらずナイフを手放しそうになるが、素早く左手に持ち替えて一度距離を取ると、彩香がタンクトップの下に専用のショルダーホルスターで背中の方に収納していた特殊警棒をジャキンッと音を立てて右手で抜き、女性に肉薄する。


 彩香は無力化するために特殊警棒を女性の握るナイフに向かって振り下ろすも、女性は後ろに飛んで彩香の攻撃を避け、地面を強く蹴って彩香に飛び掛かった。


 彩香は両手で特殊警棒を構えて備えると、一時停止の道路標識が彩香の左を通り過ぎて、ズガンッと鈍い金属音をたてながら飛び掛かってきた女性を突き飛ばした。


 彩香は驚いていると、どうやって根元を引きちぎったのか? 左から近くにあった道路標識を握るハルが道路標識を槍のように構えて前に出た。


 突き飛ばされた女性は転がるように勢いを殺して体勢を立て直し「シィーッ!」歯の隙間から威嚇する蛇のような鋭い声を出してナイフを右手に握って構える。


「今の喰らってまだ立つか・・・・・・喧嘩慣れしてるチンピラですら道路標識でド突かれたら無事でいる奴いねぇぞ?」


 ハルは呆れた様子でそう言うと、シュタインが女性の様子を見てこう言った。


「その女が握っているのは呪物・・・・・・それもかなりの力を持っていると見える。並の人間が持っていられるモノではない」


シュタインの声はハルにしか聞こえないこともありハルはシュタインに「シュタイン! どうすれば止められる?」と尋ねると、シュタインは「所持者から呪物を奪い取るか・・・・・・所持者を殺すしかないな」と答えた。


 女性はハルに向かって飛び掛かり、ナイフを突き立てるも、ハルは道路標識を盾にギンッと金属音を響かせながらナイフを防ぎ、道路標識をクルリとプロペラのように回転させて受け流し、すれ違い様に左から右に向かって振り抜き、女性の右足の太腿に道路標識を叩きつけた。


 ガンッと鈍い音を立てて右足の太腿を殴打された女性は大きくよろめいて、体勢を立て直そうとヨロヨロと数歩前に進むと、彩香は追い打ちをかけるように持っていた特殊警棒を女性に向かって投げつけると、投げた特殊警棒はクルクルとブーメランのように回転しながらものの見事に女性の足にガキッと引っ掛かり、バランスを失ってズデーンと前のめりに倒れる。


 倒れた拍子に女性はナイフを落としてしまい、カランカランと乾いた金属音がその場に鳴り響く。


 女性が呪物を手放したこともあって、もう襲ってくることはないだろうと思っていたハルは安心したのか「ふう」と一息ついて倒れている女性に近づくと、女性はゆっくりと起き上がった。


 ハルは警戒することなく女性に近づくと、女性はバッとハルに飛び掛かり、油断していたハルは持っていた道路標識を盾にするも、ドターンと女性に押し倒された。


「しまった!」


 ハルは驚きの声を上げながら自身に向かって両手を伸ばして「あああああああ! 血を! 血を寄越せ!」と叫びながら襲い掛かる女性の胸部に道路標識を押し付けて抵抗する。


 彩香は取っ組み合っている2人に駆け寄りながら、タンクトップの下につけているホルスターからテーザーガンを抜いて、女性に向かって引き金を引いた。


 バシュッと音を立てて発射された電極は女性の右肩に命中し、ビリビリビリビリビリと、30Ⅴの電圧を受けた女性は大きく痙攣しながら、白目を向いてハルの左隣に倒れた。


 彩香は道路標識を手放して息を整えるハルに右手を伸ばして「大丈夫かい?」と尋ねると、ハルは「すみません・・・・・・呪物を手放したから大丈夫だと思ってました」と油断したことに反省しながら彩香の右手を左手で掴んで引っ張ってもらい、起き上がる。


「僕もあまり言えたことではないけど、油断ほど大きな敵はいないよ」


 学校での一件を思い出しながら彩香はハルにそう言うと、パトカーのサイレンが遠くから聞こえ、こちらに近づいてきているのが解った。恐らく近隣住民が警察に通報したのだろう。


 警察がその場に駆け付け、時間も時間ということもあって、簡単な事情聴取を受けたハルたちは、そのままパトカーでアパートまで送られた。


 アパートに戻った2人は、疲れた様子で玄関で靴を脱ぐ。


「はあ疲れた・・・・・・ただの買い物のつもりがあんなのに襲われるなんて、酷い金曜日だ」


 彩香はウンザリした様子でそう言いながらハルと一緒に台所に向かって、買った物を冷蔵庫にしまう。


「先週まで金曜日は良い日の前祝いだと相場で決まってたんだけどな。休日前だし、早く寝て次の日の早い時間から起きて自分の過ごしたいように時間を過ごせるし・・・・・・」


 ハルは彩香に便乗するようにそう言うと、彩香は「アハハ」と小さく笑ってこう言った。


「残念ながら明日は朝から警察署でさっきのこと含む今日の放課後の件で事情聴取に行かないといけないから大変な1日になるよ」


 そう、今日1日だけでハルは2件の異能関係の事件に巻き込まれている。その事で明日は朝早くから事情聴取で警察署に行かなければならないのである。


「本当に呪いのアイテムを喰っちまったんだな俺は・・・・・・」


 皮肉を言うハルに、彩香は「まあ、普通はあんなもの持って平気でいられる人間が珍しいからね。君も下手をすればさっき襲ってきた女性みたいに、無差別に人を襲っていても不思議じゃないよ」とハルの特異体質を指摘した。


「早くいつもの日常に戻りてぇな・・・・・・」


 ハルはそう言いながら彩香と共に、リビングを通って自室に戻ろうとすると、彩香は「騒がしい時が多いけど、こんな日常も悪くはないと思うけどね」と自身の日常にも良いところがあることをハルに教えながら一緒に部屋に入る。


 部屋の扉が閉まったその時、ハルはふと自身の背後にいる彩香に気づいた。


「・・・・・・なんで俺の寝室まで来てんだ?」


 そう、互いのプライベートのために寝室は別けている。ハルは振り返って彩香に尋ねると「さっきみたいな襲撃があったのに女の子がひとりで寝れると思うかい?」と怖い夢をみて怯える子供が甘える時に見せる上目遣いでハルに訴えてきた。


「いやお前何言ってんの? 高校生でしかも魔祓い師がそんなこと言うとか初めて聞いたんだけど・・・・・・」


 疑問を並べるハルに彩香は目をウルッとさせながら「ダメかな?」と少し甘い声で訴えるが、ハルは「いや、もう少し考えてモノを言ってくれねえかな? 俺は【SSSレート危険異能者】なんだろ? そんな奴と同じ部屋で寝るとか普通考えないだろ?」と呆れた様子でそう言って、右手で後頭部をガシガシと搔きまわしながら両目を閉じて「はあ」と小さく溜息をついたその時・・・・・・


 突然、彩香はシュバッと左手をハルの右脇に、右手を左肩の上に通してガキッとホールドし、自身の右足をハルの右足にガッと引っ掛けて床に組み伏せた。


 いきなり床に組み伏せられたハルは、そのままドタンと床に組み伏せられて「グガッ!?」と小さな悲鳴を上げて困惑する。


ハル(締め技からの袈裟狩り!? コイツ・・・・・・柔術経験者か!)


 驚くハルに、彩香はグウッと女子高生の腕力とは思えない腕力でハルの動きを封じ、両足でハルの胸部を挟むようにホールドした。


ハル(このままでは締め技に派生されて落とされる! き・・・・・・氣功術で反撃を・・・・・・)


 幸いにも首を絞められていなかったこともあり、ハルは反撃に出ようと口を開けて息を吸おうとしたが、彩香が両足に力を込めて肋骨がミシッと軋むような勢いで胸部を圧迫されているため、息を吸うことができない。


ハル(やべぇ! 肺が圧迫されて息が・・・・・・)


 脚力は腕力の2~3倍ほどの力があるという。そのまま体に酸素が回らなくなったハルは次第に視界が暗くなり、やがて意識を失った。


次回・第4話「ヒドイ目にしかあってない」

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呪いのアイテム喰っちゃった! もう笑うしかねえや! 荒音 ジャック @jack13

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