美奈子ちゃんの憂鬱 お酒はお好きですか?

綿屋伊織

第1話

「―というワケなんだな。わかるかい?」

 「なるほど。大変なことなんですね」

 「……もしもし?」

 「どうしたんです?由里香さん」

 「?」

 ある日の夜、綾乃の父・昭博と水瀬が夜食の鍋をつついていた所へ、由里香が口をはさんできた。

 なぜか、額に青筋が立っている。

 「お二人とも、今、何時だと思っているんですか?」

 「10時」(×2)

 「おお、はもったね。悠理君」

 「そうでしたね」

 「そうじゃなくて!」

 「由里香さん?声が大きいですよ?ご近所の皆様にご迷惑です。ちなみに夜食を食べています。悠理君の作ってくれた」

 「あら、おいしいそう……そうでもありません!悠理君!」

 「はい?」

 「手に持っているのは何!?」

 何故か怒っている由里香の言葉に、視線を右手にやった水瀬が答える。

 「お箸」

 「ひ、左手!?」

 「……おちょこ」

 「中身は!」

 「あ、これですか?明鏡止水の大吟醸です。おばさん、好きですよね」

 さっそく空のおちょこに一升瓶から酒を注ぐ水瀬。

 「あら!」

 「由里香さん、せっかくですから飲みましょう」

 昭博も微笑みながら席を勧める。

 「じゃ、お言葉に甘え……じゃなくて!悠理君!未成年でしょう!お酒なんて飲んでいいの!?」

 「……いけないんですか?」

 「法律で決まってます!未成年でタバコやお酒飲むのは不良のはじまりです!」

 「由里香さん、古い……」

 ギロッと睨まれた昭博はとっさに視線をそらす。

 「だいたい、昭博さん!なんですか!助教授の立場で―――」

 「僕は教授です」

 「どっちでも同じです!聖職者が何をやってるんですか!」

 「まぁまぁ、かけつけ一杯」

 「じゃ、いただきます……はぁ……おいし」

 「おばさん。いい飲みっぷりですね。ささ。もう一杯」

 「私、お酒には目がなくて……あらあら、ありがとう」


 1時間後

 「らからぁ、わたしはですね?……ヒック。まだ34なんですよ?34!それなのに、“おばさん”れすよ?“おばさん……ヒック。わかってるの?キミは」

 ろれつが回らなくなりつつある由里香と、

 「いいじゃないですか。いいですか?人生というのはですね?」

 壁に向かって説教を始める昭博。

 「……」

 水瀬は他の酒を持って部屋に逃げようとして由里香につかまり、絡まれていた。

 「ゆう君?お姉さんから逃げるとはどういうことかしら?お姉さんのお酒が飲めないとでもいうの?」

 「い、いえ、あのですね?おばさん」

 「おばさん……?」

 突然、由里香が水瀬をにらみつけると、水瀬の頬を力一杯ひっぱった。

 「私はまだ34れす!いいれすか?34!まだ若いんれす!お姉さんといいなさい!お姉さんと!」

 「いひゃいいひゃい!」

 「あはははっ!ひどいなぁ……悠理君、いいかい?僕の目を見て聞きなさい。人生はね……」

 「おじさん、それ冷蔵庫……」

 「さ、ゆう君、飲みなさい。まだ若いんだから、飲まなきゃ、ね?」

 「は、はぁ……」

 結局、由里香は水瀬の未成年飲酒を止めるどころか、勧める――いや、強要していた。


 翌日、目を覚ました綾乃が目にしたのは、リビングで雑魚寝している両親と水瀬の姿。

 水瀬は綾乃から時間ぎりぎりまで説教を受け、“お酒臭い”という理由で登校を止められたという。


 「へぇ……すごいことになってるんだね」

 朝から不機嫌な綾乃から事の次第を聞いた美奈子があきれ顔で言った。

 「水瀬君、お酒好きだったんだ」

 「お部屋片づけていたら一升瓶がごろごろ出てきたんですよ?いいお酒ならきちんと冷蔵保存しないと」

 「綾乃ちゃん、論点違う」

 「コホン……と、ともかく、飲めるからってお父さんがお母さんの目を盗んで晩酌の相手させてるんです。困ります」

 「ま、綾乃ちゃんだって楽しそうだよ?実際」

 「そ……そんなこと」

 「あーあ、照れちゃって」

 「美奈子ちゃんったら!」

 

 「……反省してます」

 放課後、帰宅した綾乃を前に由里香は凹んでいた。

 「本当に?」

 氷嚢を頭に当てる由里香に厳しい眼差しをむける綾乃。

 「だってぇ……」

 「お母さん、昔からお酒には目がないものね」

 「悠理君の選ぶお酒っていいものばかりなんだもの。肴も美味しくてついつい……」

 「で、次の日は二日酔いじゃだめじゃない。お母さん、ヘンに意地汚いトコあるんだから。大体、明日、お父さんと長野に行くんでしょ?大丈夫?」

 「な、なんとか……」

   

 ーまったく、みんなしてお酒お酒って……。


 部屋に戻った綾乃だが、どうしても興味がわいてきて仕方なかったことがある。




 (お酒って、本当に美味しいのかしら)




 時と共に高まる関心に負け、綾乃はあることを企んだ。

 翌日、出かける両親を送った後、綾乃が向かった先は、水瀬の部屋。

 水瀬はまだ戻ってこない。

 多分、しばらくは大丈夫だろう。

 あたりを確かめつつ、こっそりと部屋に入る綾乃。


 オトコの子の部屋に忍び込む。


 そのことだけでもドキドキものだ。


 「おじゃましまぁす……」

 そう呟きながら入った部屋の中には、段ボールが数個と着替えがあるだけの殺風景な空間が広がっていた。

 

 問題は押入だ。


 押入の下段。

 昨日、悠理君が他の女の子からもらったラブレターの束が入った箱を見つけたのは偶然だ。

 決して家捜ししたんじゃない。

 見つけようとして見つけたんじゃない。

 家主の娘として持ち物全部を検査したら出てきただけだ。

 

 悠理君を簀巻きにして運河に投げ込んだ のは正しい行為だったと今でも信じている。

 女の子の名前とクラスは把握しているから、落とし前はしっかりつけてもらおう。


 ――運河じゃなくて、いっそ溶鉱炉の中のほうが良かったかしら。


 そんな風にぶつぶつ言いながら、段ボールの陰から取りだしたのは何本かの一升瓶。

 「清酒……大吟醸……純米……どれがいいのかしら?」

 酒の格など、綾乃にわかるものではない。

 どうせ試すだけだ。と、封の開いたものを選び、気づかれない程度、ちょっと飲んでみることにする。

 「……」

 思ったより甘い。

 「へぇ、これがお酒なんだ」

 もう一口。

うん。これはおいしい。

 もう一口。

 うん。これはいい。

 もう一口。

 もう…


 綾乃が2本目の封を切った時、玄関には4人の姿があった。

 「大変ですね」

 「もう。どうしてそんな大切な書類を忘れるんですか?」

 「ごめんごめん(^^)」

 「残念だな。せっかく飲めると思ったが」 

 そう。水瀬と綾乃、双方の両親だ。

 「本当に、息子が世話になっているのに、ご挨拶にも伺わないのはさすがに気が引けましてね」

 「本当に、申し訳もございません」

 ということだ。

 「悠理、由里香さんのご迷惑にはなっていないだろうな」

 「大丈夫、だと思います」

 「よし。後で部屋を検分する。時間をくれてやる。片づけてこい」

 「はい」

  

 階段を上り、昭博の書斎の隣の部屋が水瀬の部屋。

 

 Σ(OдO∥になった水瀬の目の前には

 (-_-)顔で酒を飲み続ける綾乃がいた。

 (〃-д-)σ∥になる水瀬は、部屋に入った。

 「瀬戸さん。まず服着て。大丈夫?」

 「だってぇ、暑いんですよ。ここ」

 そう。今の綾乃は下着しか身につけていない。ちなみに白のレース。

 押入から引っ張り出された一升瓶はほとんどが飲み干されていた。

 「一升瓶で5本以上!?……瀬戸さん未成年でしょ!こんなに飲んじゃダメでしょ!」

 論点が違うが、珍しく叱るような口調の水瀬と、不満そうな綾乃。

 綾乃の目と声は完全に座っている。

 「自分だって、飲んでるじゃないですか」

 「い、いや、あのその」  

 「大体、なんですか、あのラブレターの山は!」

 「だ、だってもらっちゃったんだから……」

 「私、偶然見つけた時には、本当に悲しかったですよ?……あ、あんなに大切にしているってことは……ヒック……ふぇぇぇぇん!!」

 「無碍にするわけにもいかないでしょ!」

 「じゃあ、手紙に返事書いたんですね?何てです!一言一句、全部話してもらいます!それまで離れませんからね!」

 といいつつ、水瀬にひっつく綾乃。

 (勘弁して……(T_T))

 怒り上戸に泣き上戸、さらに絡み上戸のトリブルコンボを喰らった水瀬は心の底からお手上げ状態だった。

 「ううっ……知ってるんですからね!美奈子ちゃんだって悠理君のこと好きなの!他にも菜々美ちゃんとか、由里ちゃんとか、聞く度に私がフラグばっきり折るのにどれだけ苦労しているか、わかってるんですか!?」

 「ご、ごめんなさい。わかりません」

 「悠理君は冷たいです!大体、私を瀬戸さんって呼ぶことから納得できません!なんで綾乃って呼んでくれないんですか!?それとも、3歳の時交わした婚約なんて、子供の遊び位にしか見てないんですか!?高校に入ってようやく再開できたのに、他の子とばかりなかよくなって!」

 「せ、瀬戸さん」

 「綾乃です!!」    

 「あ、綾乃ちゃん、落ち着いて……」

 「わ、私だって」目に涙をためながら抗議する綾乃。

 「私だって努力してるんです!せめて美奈子ちゃん並のバストになろうって!……ゴクゴクコグッ……ぷはぁ……でも!私の方がウェストは細いんですからね!」

 「あ、あああああああ」

 手近にあった一升瓶をラッパ飲みしながらまくし立てる綾乃を、ただおろおろと見つめるしかない水瀬。

 「悠理君だって、おっぱいは大きい方がいいんでしょう!?」

 「あ、あの、僕は別に……」

 目を背け、返答に困りきる水瀬を睨む綾乃の口元が、不意にゆるんだ。

 「ねぇ、ゆ・う・り・く・ぅ・ん?」

 ファンなら悶絶死確実なまでの妖艶な笑みを浮かべつつ迫り来る綾乃。

 「は、はい」

 「オトコの子なんだから、試してみる?」

 「へ?」もう、水瀬もあまりのことに涙声になっている。

 「私はいいですよぉ?クスクスクス」

 「な、なななな、何を?(Σ(OдO∥」

 「うふふふふっ……いわせないでくださぁい」


 綾乃に抱きつかれた瞬間、


 ふわっと水瀬を包み込む綾乃の匂い


 やわらかな肌の感触


 綾乃の吐息



 そのすべてを感じた水瀬の思考は綾乃に占領された。


 この娘が、欲しい。と


 「あ、綾乃ちゃん……」

 水瀬の震える手が綾乃の肩にかかろうとした時

 

 「はいそこまで!!」

 

 部屋に入ってきたのは双方の両親だった。

 

 平謝りに謝る綾乃の両親と水瀬の両親の間で、二人を抜きにした状態で話し合いがもたれたのは、出張先の長野でのこと。

 綾乃が二日酔いの頭を抱えてうなっている中でのことだ。


 ちなみに、綾乃は酔っていた時のことを何一つ覚えていなかった。


 「大丈夫?梅干し持ってきた」

 綾乃の部屋に入ってきたのは、看病を言いつけられた水瀬。

 「魔法でなんとか……」

 「さっき電話で、だめだっておばさんから念を押された」 

 「お母さん達、無事ついたんだ」

 「うん。何かお母さんとおばさんも忙しいみたい」

 「ふうん」

 「ウェディングドレスと白無垢がどうとかこうとか……」

 「ふうん?」

 

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