陸
梅雨が明けて、ハヤテはユキマサの挙式にやってきた。会場は伏龍街五丁目、ウォルコット・ホテル。
レース地の黒いワンピースに赤いブローチを付け、風が吹くたびに裾がふわふわと舞う。挙式にはセイジロウとタダシも来ていた。
「タダシ、お前も来たのか」
タダシはハヤテのドレス姿を見ると、嬉しそうにしていた。
「教団の残りが一斉検挙された。僕を追うものはもういないからな。これが終わったらまた研究を始めたいな」
「また海外の研究機関にでも行くのか?」
「まあな。次は変なのに引っかからないように気を付ける」
茶化すように笑って、タダシとセイジロウは会場の中に入っていく。ハヤテもふたりのあとを追って、ホテルに入っていく。
きらきらと輝くシャンデリアが美しく、晴れやかなこの日にぴったりだった。ハヤテは結婚証明書にサインをしてから、会場に入る。
列席者の中にサラの姿を認めたハヤテは、速やかに彼女のところまで行く。
「サラ、来てくれたんだな」
「あ、う、はい。ご結婚おめでとうございます」
「結婚したのは私じゃないんだが……」
緊張しているサラの隣に腰かける。ハヤテがするべきことは何もなかった。彼女は久しぶりに会った従妹のふりをしていればいいのだ。
「お母様、お母様のご友人、こんにちは。ドレスお似合いですね」
座っているとアスターが話しかけてきた。ふだんのスーツよりも装飾が細かい儀礼用のスーツを着ている。彼もずっと同じような服を着ているなあと思った。
「ありがとう、君は新婦側に参加するのか?」
「そうですね、姉上のゲストスピーチも僕がやるので」
「……なんだそれ?」
ご存じないですか、と言いながら、アスターは懐から紙を取り出す。それはスピーチの原稿だった。
「披露宴の終わりごろにスピーチをするんですよ。先輩はお母さまに頼んだって言ってましたけど」
「……知らん、な」
記憶を遡っていくと、過去にスピーチがどうとか言われた記憶があった。きっとそれがゲストスピーチの件だったのだろう。
ハヤテは思いもよらない事態に頭を抱えた。アスターはお母様なら何とかなりますよ、と言って、その場を離れていった。
「ハヤテさん、さっきのかっこいい新聞記者さんは?」
「ああ……ユキマサの高校時代の後輩だよ。新婦の弟」
「へえ、かっこいいなあ……」
さっきちらりと見たスピーチの内容は姉のことばかりだった。彼女がそのスピーチを聴いたらどんな感情になるか、少し気の毒になった。
パーティ会場があらかた埋まったところで、司会者がマイクを手にした。
「皆様お集まりいただきありがとうございます。それでは新郎新婦の登場です」
そう言うと奥の扉が開いて、緊張した面持ちのユキマサが入ってきた。白いタキシードが微妙に似合っていない。続いてフカザワに連れられたエリカが入ってきて、彼の隣に並ぶ。
開会宣言がされると、ユキマサたちは誓いの言葉を読み上げる。
「私たちふたりは、本日、列席者の皆様を証人として結婚を誓います。
この先、幸せも困難も、ふたりで共に手を取り合い、愛し合っていくことを誓います」
「新郎、
そうやって名前を読み上げる彼らを見て、人をひとり育てたんだなという感慨に浸った。結婚指輪をはめ直すユキマサは、今まで見たどの表情よりもうれしそうだった。
後ろの席を見ると、セイジロウがすでに大泣きしていた。タダシも少し泣いていた。過ごした日々は短いのに、よくもまあそんなに泣けるなと思った。
スピーチは挙式のことを話すか、と考えながら、ハヤテはユキマサの晴れ姿を見ていた。長かった二十六年を思い返していると、なんだかこっちまで泣きそうになってしまった。
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