弐
伏龍街十二丁目六。そこにある警察署でセイジロウの名を出すと、へらへらとセイジロウが出てきた。
「キリガヤ君、どうしたの、きみから会いに来るなんて珍しいね」
どこか嬉しそうなのは気にしないで、ハヤテは手短に事実を伝えた。
「ユキマサが行方不明だ。探してくれ」
そう言うと、セイジロウの顔色が変わる。たとえ血が繋がっていなくても、ユキマサが彼の息子であることに変わりはない。
「どのくらい前から?」
「一週間前からだな。私は心当たりのあるところに行くから、お前は警察として捜索しろ」
あと、と付け加えて、ハヤテはセイジロウに耳打ちする。
「おそらく教団が関係している。タダシに気をつけろ」
タダシは六月に処刑されると言っていた。ユキマサが万一タダシの居場所を吐いた場合、タダシは今度こそ処刑される。
ユキマサはタダシの細かい居場所は知らないが、いざとなればこの街をひっくり返す勢いで捜索をし、彼を処刑するだろう。それだけは避けなければならなかった。
「……わかった。忠告ありがとう」
セイジロウは珍しく素直な謝辞を述べて、署内に消えた。
ハヤテもエリカを連れて署から出る。
「エリカ、お前が捕らえられていた教団はどこにあるんだ」
ハヤテが尋ねると、エリカはすぐに答えを返した。
「
「……そうか」
玉響街は菩提樹街の隣にある街で、港や空港、漁港があり貿易に関してはかなり便がいい。つまり、外からの脅威も受け入れやすいということだ。使徒研究の本拠地としてはちょうどいい。
「わかった。そこに行こう」
ハヤテが伏龍街の外に出ていられる時間には制限がある。ユキマサが街の外にいるなら、より効率的に、より手早い手を選ぶ必要があった。それがエリカと一緒に行動する理由だ。
十二丁目から駅のある七丁目までいく列車の車内で、ハヤテはエリカに問いかけた。
「エリカ、君、金は持っているか」
「ええ、いくらか……玉響街に行くんですか」
エリカはすこし心配そうな表情でハヤテを見た。
「できれば君がいてくれると心強いんだが、怖ければ来なくていい」
そうなると時間がかかりすぎてしまう可能性があるが、そのときはそのときだ。刑罰も罰金刑だから、それほど重く考えてはいなかった。
しかしエリカは、かぶりを振った。
「いえ、行きます。ユキマサさんのためですから」
この感情は友情じゃないな、と思った。ここまで来たら愛情だ。ならばなぜ、彼女は見合い結婚に甘んじているのだろうか。ハヤテはきっと、相互の意思相通がうまくいっていないんだろうな、と思った。
「君、そういうことは本人に言ったほうがいいぞ」
エリカは何のことかわからなかったようだが、胸をとんとん、と指さしてみせると、とたんに目を丸くした。
「で、でも、ユキマサさんはそう思ってないかも」
「私が見る限り、あいつはお前のことばかり考えてる。あいつを見つけだしたときには、結婚してくださいくらい言って――」
「いいいいやいや! わたし、結婚するんですよ!? もう本人に言っちゃったし!」
「それも望んでいないだろうに」
ハヤテの呟きに、エリカはふと動きを止めた。そして逡巡して、寂しそうな顔になった。
「望んでいないのは本当ですけど……でも、わたしを受け入れてくれる人なんて、いないんですよ、きっと」
もどかしい。ユキマサは記憶が亡くなる前のことまで全部受け入れていると言ってやりたかったが、それは彼の意図とずれる。ハヤテはとにかく、抽象的なことしか言えなかった。
「……私が一週間経ってもあいつを捜索しなかった理由がわかるか?」
エリカは首を横に振った。
「あいつ、君を見合いの相手から略奪しようとしてたんだ。だから私を伏龍街に置いていって、君と一緒に菩提樹街で暮らし始めたと思ってたんだよ」
エリカは顔を伏せて、でも、と反駁を口にしようとしていた。しかし結局思い浮かばなかったのか、黙り込んでしまった。
ハヤテが言い負かしたと思って車窓の外を見ていると、エリカがぽつりと話しだした。
「変な奴だと思われるかもしれないんですけど……わたし、あの人と会ってから、夢を見るんです」
「ほう。というと?」
エリカは左手を上げて、薬指につけた指輪を見せてきた。
「指輪を、貰うんです。誰かから」
その夢はきっと、ユキマサがシオンに指輪を送ったときの記憶が断片的に出たのだろうな、と思った。
「ユキマサさん、指輪をつけているでしょう。だから、その」
本人だぞ、というのは直接的過ぎて気が引ける。やはりこういう重要なカミングアウトは、当人同士でやるべきだと思った。
「ははは、運命なんじゃないか」
ハヤテが茶化すようにそう言うと、エリカはそうだといいんですけど、と小声で言って、また黙ってしまった。
ぼんやりと、シオンのことを思い出していた。シオンなら、そんなわけないでしょ、と言って軽く拳一発くらいは決めている気がする。時が経って変わっていったセイジロウと違って、彼女は完全に別人になってしまった。それくらい教団がしたことは重い。
これはもしかして、ユキマサを助けながら教団にも打撃を与えられるチャンスなんじゃないか、とハヤテはそんなことを考えていた。鞄の中に入っている武器を見ながら、どう痛めつけてやろうかと考えた。
七丁目に到着し、玉響街五丁目までの特急の切符を買う。
移動時間にして三時間ほど。着くころには昼過ぎになっている。ユキマサを取り返すチャンスは一度きりだろう。
ハヤテとエリカは汽車に乗り込み、さっそく作戦を立て始めた。
「玉響街五丁目の駅から教団の所在地まで、どのくらいかかる?」
「教団の本部・支部は大部分が十丁目にあるので、だいたい三十分ほどでしょうか」
ハヤテには考えがあった。考えというより、思い付きに近いものだが。
ふたり対全貌の知れない教団という不利な状況をひっくり返すための策があった。
「……ちなみに、そこには植物は多いか?」
「いえ……その、人体実験で死体を使うので、使徒よけのためにそれほど多くなかったと思います。建物でのカモフラージュが多かったので、警察に見つかることはなかったんですけど」
ハヤテはやはりそうなってくるか、と苦渋の表情を浮かべたが、すぐに別の考えが浮かんだ。
「人体実験に使った死体は、最終的にどこに行くんだ?」
「えっと、森の中の埋葬所に……あ」
エリカはハヤテがしようとしていることを察したのか、訝しげな視線を向けた。
「よし、作戦が立った」
ハヤテはにやりと口元に笑みを浮かべた。
「私と警察がなんとかしてユキマサを教団から取り返す。奴らは追ってくるだろうから、森の中に逃げる。そこで運よく使徒が出れば、教団は壊滅できる。どうだ、いい案じゃないか」
「う、運の要素が多いですね……けど、力量的にはこれがいちばん妥当なんでしょうね」
エリカは嫌そうな顔をしながらも、その提案を呑んだ。ハヤテは死んでもいくらでも甦れるが、エリカは違う。いざとなったら自分を盾にエリカを守る覚悟で、ユキマサを助け出そうと思った。
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