汽車の駅がある玉響街五丁目から、電車で三十分ほどで十丁目に着いた。海に面した街だが、近くで見ると汚れて水面は青緑色になっている。


 もとは海外の研究機関である「新星教団」の建物が沢山あるからか、その街並みは海外じみていた。海と森に囲まれた街、という印象だ。


 エリカの案内に従い、街中を歩いていく。すれ違う人の言語がいちいち違うのは、もう伏龍街で慣れていた。


「この街には教団の支部が多いんです。どの支部なのか見たいので、人の通りが多いところに行きましょう」


 エリカに手を引かれ、大通りまで出る。行き交う色とりどりの車を目で追っていく。


「教団の車は、外国製のものがほとんどです。それらが多く出入りする建物を見つけましょう」


 エリカは真剣に、車道に沿って歩いていく。捜索にどれくらい時間がかかるのかわからなかったが、できるだけ早く見つかってほしいな、と思っていた。


 ふたりは徐々に街の中心部から外れていき、港へと近づいていく。やがて、外国製の車が多く右折する交差点を見つけた。


「こっちか」

「ええ、……ここまで絞れると、もう一か所に決まります。わたしの心当たりがあるところまで行きましょう」


 エリカは足を速め、一定の方向へ歩いていく。荒くなっていく吐息から、焦りがにじんでいた。ハヤテはエリカの表情を伺いながら、彼女のあとをついていった。


 辿り着いたのは、小綺麗な装飾が施されたレストランだった。周りに人気はなく、明かりは消えており、カーテンも降りているが、植え込みの様子からして世話はきちんとされているらしい。


 右手側に森があり、後ろには海がある。本来なら景色のいいオーシャンビューのレストランになるのだろう。


「おい、本当にここでいいのか?」

「わたしが教団にいたときの記憶が正しければ、ここでいいはずです」


 エリカは冷たい目つきで、言った。


「ここは、外部からやってきた人を誘い込んで殺す処刑場ですから」


 ハヤテは柄にもなく冷汗をかいた。というのも、すでにユキマサやタダシが処刑された可能性について考えていたからだ。


 ハヤテはエリカより前に出て、歩き出した。


「君はレストランの裏手に回ってくれ。海のほうだ」

「わかりました!」


 エリカはハヤテの指示に従って、レストランの裏へ回る。


「……ここは私がかたを付けないとな」


 本当はタダシに負わせたかった責任だが、組織から追われているのが彼である以上、どうにもならない。また会ったら鉄槌でも下してやろうと思いつつ、ハヤテはレストランの入り口を開けた。


 ちりん、と、入り口のベルが鳴る。


 それが合図だったのだろう。入り口を開けたとたん、ふたりの人物に襲われる。ハヤテは足を思い切り振り上げ、下あごに的中させる。相手が予想外の反撃に驚いているすきに、鳩尾へ膝蹴りを加える。


「タダシ・ニシナ博士、ようやく観念しましたか」


 教団は、ユキマサにタダシの居場所を訊くと同時に、ユキマサを人質にタダシをおびき出していたらしい。脅迫に簡単に屈しないのはさすがマッドサイエンティストと言ったところか。


 教団の男は、入り口から入ってきたのがひとりの女子高生だとわかると、目に見えて動揺した。


「私はユキマサに蘇生されたただの死者だ。あと、私には『ハヤテ』という超絶かわいい名前がある。間違えるなよ」


 レストランの中にどよめきが広がる。ハヤテはそのすきに、ユキマサの居場所を確認する。


 彼はいちばん奥の座席に、縄で縛り付けられており、ハヤテを見て言葉を失っていた。


「おいおい……誘拐して椅子に縛り付けるとか、ちょっとセンスが古くないか?」


 ハヤテはそれを確認するや否や、彼のほうへまっすぐ走り出した。


 教団の人間が、慌てふためきながら彼女に襲い掛かる。戦闘のための準備なんてしていないだろう。本来ここに来るべきは、丸腰の研究職の男なのだから。


 ハヤテは後ろ回し蹴りしてひとり、回転の勢いで拳をふるってひとりを倒した。彼女が退けるべきは、走るのに邪魔になる障害だけ。なるべく軽い力で、相手を飛ばすことを意識して戦った。警察時代によくやった戦い方だ。


 レストラン内はそこそこに広く、突き当りまで直進し、エル字に曲がってユキマサのところまで駆け付けた。


「よおユキマサ! 歯ァ食いしばっとけ!」

「何する気だおまえ!」


 縄をほどいたり、切ったりする時間は惜しかった。椅子をそのまま持ち上げ、頭の上まで振り上げる。そしてカーテンの向こうのオーシャンビューめがけて、腕を下ろした。


「待て待て待っ――」


 ユキマサの必死の抗議は、ガラスが割れる音でかき消された。


「……じゃっ」


 その後を追って、ハヤテは外へ飛び出した。

 窓の外は植え込みだったらしく、ユキマサは椅子ごと植え込みに引っかかっていた。


「おいおまえ本当に助けに来たのか? 俺今大ピンチなんだけど」


 ユキマサはハヤテに向かって軽口を吐く。思ったより余裕そうだ。


 ハヤテは鞄からナイフを取り出すと、彼の両手と胴体を縛っていた縄を裁断した。


 ユキマサはその拍子に植え込みから落ち、レストラン奥の細い通路に落下した。


「よし、これでお前の身の安全は確保だ」

「もうちょっとましな方法なかったのか? ガラスにぶつけられるわ落ちるわでめちゃくちゃ痛いんだが」

「私に文句を言うのは後にしてくれ。今までよく頑張ったな」


 ハヤテも植え込みから降りると、ユキマサを立たせて、エリカを待機させておいた森のほうへ走る。ユキマサはよたよたと彼女のあとをついていく。


「これから教団のむかつくやつらに鉄槌を下してやるぞ」

「……おまえが言うと安心できねえな」


 失礼な、と言うころには、エリカの姿は見えていた。


「エリカ、どうだ? 気配はあるか?」


 問いかけられたエリカは、すぐ何のことかを察し、頷いた。


 教団の人間が、レストランの入り口から出てきてハヤテを追ってきている。


「よし、ならいけ!」

「おいハヤテ、エリカさんに何させる気だ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る