弐
アスターは立ち上がり、メモ帳を見ながら質問を投げた。
「社長はこの街の使徒について、どうお考えですか」
あまりにあからさまな質問をすると答えてくれない可能性もあるので、アスターは無難な質問にとどめた。打算的な彼らなら、なにかこの街から得られるものがあるからこの街に本社を構えたのだろうと、そういった考えからの質問だった。
フェリシアはわずかに眉を上げた。が、ほかの記者たちと同じように質問に返答する。
「私たちは、障壁だと思っています」
存外穏やかな声だった。
「死者蘇生技術は失われてはいけない、貴重な技術だと思います。使徒出現による被害を減らすために我々ができることは、葬儀を誠実に請け負うことだけです」
アスターは、死者蘇生技術を重んじる意識がフェリシアにあったことに驚いた。彼はなるほど、と呟いて、礼をして着席した。フェリシアは、アスターに何ら感情を抱いていないように見えた。アスターにとってそれは、絶望ではなく解放だった。
アスターの次に、彼の後ろに座っていた記者が当てられた。記者の女性は立ち上がって、質問を投げた。
「先日『新星教団』が解体された際に先代社長のご息女が発見されたとの情報が出ていますが、ご息女はいま本社にいらっしゃるのですか?」
アスターは思わず後ろを振り向いた。知らない女性だ。シオンのことを探していたのは世界にアスターだけではなかったことに、彼は安堵した。
アスター以外の記者はその質問に反応していないことに気づくと、アスターは慌てて前を向いた。
フェリシアは明らかに動揺していた。当然だ。彼らはシオンの行方を知らないどころか、シオンが発見されたことすら知らないだろう。
八年前、シオンが誘拐されたとき、彼らは何もしなかった。彼らはとうの昔にシオンを諦めているのだから、この質問は全くの予想外だっただろう。
「おりません」
答えたのはマーガレットだった。
「なぜですか?」
女性の語気が強くなる。アスターは内心もっとやってくれという気持ちだった。マーガレットは今考えたであろう言い訳を冷静に並びたてる。
「彼女は婚姻をして家を出ていました。ウォルコット家全体での捜索もしていません。私たちには関係のないことです」
ひどい言い訳だと思った。アスターは彼女の発言を事細かにメモに書きつけていく。同時に、女性はさらに質問を投げかけていく。
「家を出ていたから彼女は他人だ……と?」
「そういうことになりますね」
「……ありがとうございます」
女性はしぶしぶ席に着いた。しかしフェリシアとマーガレットの間には緊張が走っていた。そのときアスターは、フェリシアの呟きをふと拾った。
「――女だったからな」
アスターは、その他人事で確信した。兄は何も変わっていない。死者蘇生技術を認めている態度も、もしかしたら方便かもしれない。アスターは兄の何もかもが信じられなくなってしまった。
アスターは兄の表情をちらと伺った。目が合った。おおよそ人を見る目ではなかった。アスターは反射的に目をそらした。
そのあとも質疑応答はつつがなく続いた。フェリシアが表情を変えたのは、アスターと女性記者の質問だけだった。
「ではお時間が来てしまったので、質疑応答を締め切らせていただきます」
司会の発言で、最後に手を上げていた数人の記者が手を下げる。フェリシアが立ち上がり、記者全員に向けて言った。
「本日はお時間をいただきましてありがとうございました」
フェリシアとマーガレットは、そう言って会見室を後にした。しばらくシャッター音が響いたが、ふたりの姿が見えなくなるとやがて音はやんだ。
記者たちは賑やかに会見室を出ていく。アスターは最後まで、会見室に残っていた。
ハヤテは、昔から知っている人間が変わっていなくて安心していたと言っていた。しかしそれはもとがいい人だからだ。兄は昔も今も、変わらずアスターの恐怖の対象だった。アスターは重たい腰を上げ、三脚を担いで会見室の出口へ向かった。
ドアを開けようとしたとき、扉越しに話し声が聞こえた。アスターが手を止めたわけは、その声の主がフェリシアだったからだ。
「今日は思ったよりたくさん記者が来たな」
機嫌の悪そうなフェリシアの声に、アスターの喉奥が委縮する。どうやら彼の秘書に対して話しかけているらしく、マーガレットの声はしない。
「……そういえばお前、見たか? いちばん前の席」
秘書の男性はいいえ、と答えた。手を握ってみると、アスターの指先は冷え切っていた。
「アスターだよ。そうか、お前はあいつが出て行ったあとに秘書になったもんな。家を出て行ったオレの弟だよ」
フェリシアはくく、と愉快そうに笑いながら、秘書にアスターの話をしていく。彼が思うアスターの姿はやはり間抜けな弟のままだった。
「あいつ、オレのことを怖がってたんだ。八年経っても腑抜けだったわけだ」
だんだんとフェリシアの声が遠ざかっていく。アスターは彼の前に出るのが怖くて、彼の声が聞こえなくなるまで扉の前で待った。
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