伍
翌日の昼、ユキマサは予定通り現れた。相変わらず汚い白衣を羽織っていた。スーツを着ると仕事気分になってしまうのだろう。
「お待ちしておりましたユキマサさん。さ、食堂はこちらです」
オースティンの父親が意気揚々とユキマサの案内をする。ユキマサは自然に「お招きいただきありがとうございます」と言って食堂へと足を運ぶ。
食堂で待機していたハヤテは、ユキマサの姿が見えると立ち上がって彼を迎えた。
「ユキマサ、よく来たな」
「なんでおまえはそっち側なんだよ」
ユキマサはオースティンの父親に促されるまま上座の席──ハヤテの正面──に座る。机の上には人数分箸が置いてあった。
「サラさんときちんと勉強したか?」
「なんだその世間話が下手な父親みたいな質問。ちゃんとしたぞ」
ハヤテはそこで初めて、ユキマサがオースティンのことを「サラさん」と呼んでいることに気づいた。ハヤテはいつも通り軽口を言い合いながら、次オースティンとあったら「サラ」と呼んでやろうと企んでいた。
オースティン親子は程なくして食堂へ入ってきて、下座に座った。全員揃ったことを確認すると、侍女が料理を持ってきた。
「……ハヤテ、この音と匂いはまさか」
「ああ。ステーキだ」
ユキマサの様子が目に見えて変わる。彼は目の前に置かれるステーキをじっと眺めている。
ユキマサの反応をずっと見ていたオースティンの父親は、料理が出揃うとすぐに食事開始の音頭を取った。
「いただきます」
オースティン親子は十字を切り、ハヤテたちは合掌してから食事に箸を伸ばす。ステーキの付け合わせはマッシュポテトとほうれん草のソテー。既に一口分に切り分けられたステーキを箸でつまみあげ、付け合わせと一緒に口へ運ぶ。
少し硬いが、力を入れて噛み締めると肉汁が溢れてきた。きめ細かい繊維がほろほろと口の中で解けて、ほうれん草と混ざる。
茶碗に盛られた白米を口に放り込み、最後に豆腐の味噌汁で流し込む。主菜がステーキだとなんでも美味く感じる。
「美味しいです。ありがとうございます」
「いえいえ、お礼を申し上げるのはこちらです。喜んでいただけたようで何よりです」
ユキマサはフォーマルな笑みを浮かべながら、ステーキを素早く取り込んでいく。ハヤテが今まで出したどの料理よりも喜んでいるのが少し不服だった。
だいたいハヤテが半分ほど食べ終わったころ、オースティンが話しだした。
「……あの」
オースティンの両親は話すのをやめて、彼女の話に耳を傾けた。
「この場だから、父上と母上に話しておきたいことがあるの」
ハヤテは彼女が昨夜言っていたことを思い出す。きっと死者であると明かすのだ。
ユキマサの様子を伺う。彼はステーキしか見ていなかった。
オースティンはユキマサのほうへ一瞥を投げ、ゆっくりと話しはじめた。
「一年前、わたしは死んだ。でもハヤテさんに助けてもらって、ユキマサさんに生き返らせてもらった。だからわたしは今、こうしてここにいられる」
オースティンの告白に、両親は硬直した。ハヤテは面白がってユキマサの顔色を伺う。笑顔が引き攣っていた。
「ちょ、え、サラさん?」
「いいぞ言ってやれ」
「はい!」
「おまえグルなのかよ!」
ユキマサは焦りを顔に出す。自分が仁科行正だと知られれば、今後のオースティン家との──あるいはハヤテとオースティンの──関係が悪くなると思ったのだろう。しかしオースティンの両親は、そのことを知っても態度を変えなかった。
「ユキマサさん……ユキマサ・ニシナさんでしたか」
「そ、そうです……ああ……なんてこった……」
「素晴らしい! 世界唯一の技術ではないですか!」
オースティンの父親はユキマサの手を固く握りしめ、笑顔で褒め称えた。
「いえ、そんな……」
「ですがね、ニシナさん」彼はとみに声色を落として、諭すように言った。「私は、あなたの技術を無条件にいいものだとは思いません」
ハヤテはその言葉に、なぜか安堵した。ふ、と胸にそれが落ちてきて、心の奥の方を温めているような感覚だ。
「生きたい人は生かしてください。一方、超えてはならない壁もあります。その壁を、あなたは長い時間かけて探してこられたようです。称賛すべきことです」
ユキマサは呆然として、その言葉をただ受けた。ハヤテも長い間、見えない壁を触ろうともがく彼の姿を見てきた。
「どうか、その心をお忘れなきよう」
オースティンの父親は、はっきりとそう言った。ユキマサの表情は、賛成派の人と話していたときより、どこか嬉しそうだった。
「……はい。心がけます」
蘇生された少女は、多くのものを変えた。本人は、きっと気づいていないだろうが。
ハヤテはステーキを食べ終わったあと、すぐにオースティン邸を発った。
「邪魔したな。楽しかったよ、サラ」
去り際にそう言うと、サラは嬉しそうな顔をして、また来てね、と声をかけた。
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