西の方の住民に聞き込みを行う。


「平日の昼間はよく歩いてたよ」「一ヶ月くらい前から夜もよく歩いてたみたいだけど」「こないだ商店街で魚盗んでたみたいね」


 聞き込みの内容から分かるのは、もうサブローは飼い猫ではないかもしれない、ということだった。


 サブローは、捨てられてしまったのかもしれない。ハヤテはその推測をチヨに伝える勇気はなかった。


「サブロー、魚盗んでたんだね」

「ままあることだが、まあ、駄目なことだな」


 ハヤテはサブローに釘を刺しつつ、次の家まで歩いていく。家の前で、三人の女性が立ち話をしているのが見えた。


「だんだん分かることが多くなったじゃないか。このまま続けていれば案外、この家くらいで──」


 女性の話し声がとみに耳に入る。ハヤテは口を閉じてそれを聞いた。


「最近見ないわね、ハシモトさん」

「ああ、もう歳だったから、息子のところにでも行ったんじゃない?」


 チヨもその話し声が聞こえていたのか、女性たちに大きな声で話しかけた。


「ハシモトさんって誰?」


 話しかけられた彼女は驚いた様子だったが、その声の主がチヨだとわかるとたちまち笑顔になった。


「あらチヨちゃん」

「ハシモトさんはね、ずっと西の方に住んでるおじいさんよ。でも私たちもあんまりその人について知らないのよ」

「そうそう、たまに商店街にいるのを見る程度で……ちょうど一ヶ月くらい前からかしら。ぱったり見なくなったの」


 女性たちはどんどん情報を落としていく。一か月前──サブローが夜にひとり歩きするようになったころと一致する。ハシモトはサブローの飼い主かもしれない。そう思って、ハヤテはチヨの背後から一歩踏み出した。


「すまない、ハシモトの家を教えてくれないか?」


 ハヤテに問われた女性たちは狼狽して、チヨに助けを求める。


「チヨちゃん、誰なのこのキレイな女の子」

「ハヤテだよ。サブローの飼い主を探すのを手伝ってくれてるの」

「サブローって、あの黒猫? なんで飼い主を探してるの?」


 女性がそう聞き返すと、チヨはハヤテの腕の中に抱えられたジャケットを指さした。


「あー……私が見たいと言ったんだ。チヨからよく話を聞いていたから」

「まあそうなのね。かわいらしい猫ちゃんよ、かわいがってあげて」

「そうねえ……ハシモトさんの家は、あっちのほうよ。西にあの畑をずっと進んだところ」


 そう言って女性のひとりが西のほうを示した。五百メートルほど先に、ぽつんと家があるのが見える。


「わかった。チヨ、行こうか」

「うん。ばいばい、おばちゃん」


 チヨはハヤテの手を握って、西へ歩き始めた。サブローはこの街で、ずいぶんと愛されていたようだ。


「ハヤテ」

「なんだ」

「あんた、嘘つき?」


 チヨは疑いの目をこちらに向けていた。女性たちにサブローの死を隠したことについて、糾明されているのだ。


「サブローを今から生き返らせるためにここに来たんだろ。言う必要はない」

「ある!」


 チヨは突然大声で叫んだ。どうしたのかと思えば、チヨは顔を真っ赤にして怒っていた。


「あるよ、言わなきゃだめ! 知らないうちに死んじゃったら嫌だよ!」


 ああそうか、とハヤテはその態度が腑に落ちた。チヨは、死を隠された経験があるのだ。おそらく両親の死を、一度。そして今も、姉の死を隠されている。


「チヨ、でも、そんなこと突然言われたら驚くだろ?」

「そしたらあのおばちゃんたちは、サブローが死んだことをいつ知るの? 生き返ったことをいつ知るの?」


 チヨは泣きそうな声でまくしたてる。


「チヨ……私はそう急かなくていいと言っているだけなんだ。飼い主に生き返らせてはダメだと言われたら、その時に彼女たちに言えばいい」

「いいよって言って、サブローが生き返ったら?」

「それなら、サブローはまた前と同じように生きるだけだ」

「なんで死んで生き返ったよって言わないの」


 そのとき遠くの空でカラスが、カア、と乾いた鳴き声をあげた。もうそんな時間か、と頭の端でぼんやりと思う。ハヤテは夕焼けのせいか怒りのせいか、赤く染まったチヨの顔を見た。


「死んだと伝えられるのは、悲しいことだ。大声で軽々と言うことじゃない。だから私は、もう生き返らないなら死んだと言って、生き返ったのならそのまま生きていると言ったほうが、悲しませないと思ったんだ」


 チヨの顔に宿った感情は、怒りから悲しみへと変わっていった。ようやくサブローの死の重みを理解したのだ。


「……うん。わかった。そうするよ」


 チヨは小さく頷いて、ぽつぽつとサブローとの思い出話をした。


「サブローはね、ボールで遊ぶのが好きだったよ。チヨがピンクのゴムボールを投げると取りに行くの。ワンちゃんみたいだったよ」


 ハヤテはそうか、と相槌を打ちながら、田舎道を進んでいく。子供時代、凶暴な犬を飼っている友達がいて、犬にはあまりいい思い出がないなあと追憶する。

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