参
しばらく電車に乗っていると、だいぶ城が近くに見えるようになってきた。天井から車掌の間の抜けたアナウンスが降ってくる。
「次は、三十二丁目十五番地ぃ、三十二丁目十五番地ぃ」
「ここだよハヤテ。降りよう」
チヨが席を下り、ハヤテのシャツの袖を引っ張る。ハヤテはジャケットの中のサブローを抱き直し、鞄を肩にかけて、電車を下りる。
秋の匂いが、思い切り吹き込んできた。乾いた匂いだ。秋雨の残り香、焼畑の香ばしい匂い。風に乗って、チヨが歩いていく。
「ハヤテ、こっち!」
少しでも目を離せば取り残されそうだ。ハヤテは駅員にふたり分の切符を渡し、街に出る。
バッタが飛び交う畑の畝を歩いて、チヨの家がある住宅街まで向かう。といっても家が割合集中した地帯をそう呼んでいるのであって、八丁目の住宅街とは比べ物にならない。
「ここがチヨの家だよ」
チヨがそう言って紹介したのは、一般的な長屋の日本家屋だ。家の人を呼んでくるからちょっと待ってて、と言って、チヨは家の中に入った。
しばらくして、チヨは男性と少女を連れて戻ってきた。男性は三十歳ほど、少女は十歳ほどに見える。
少女は白いワンピースを着て、黒髪をお下げにしている。彼女がチヨの話していた姉だろう。
「この人がおじちゃんで、この人がお姉! ふたりとも、この人はユキマサの助手のハヤテだよ。サブローの飼い主を探すのを手伝ってくれるよ」
チヨの姉はその言葉を聞くと口を大きく開けて驚いた。チヨの叔父に手招きされて、ハヤテは彼らのそばに行く。チヨも近づこうとするが、姉によって阻止される。
「ハヤテさん」
叔父はチヨに聞こえないよう、声を潜めて言った。
「この子は、死者です。ユキマサさんに蘇生してもらいました」
彼はそう言って、チヨの姉を指さした。彼女はこくこくと頷いて、ハヤテに大きな瞳を向けた。
「ありがとうございます、とユキマサさんにお伝えしてくれると嬉しいです」
「……えっと、じゃあ、チヨの親は……」
叔父が悲痛な表情を浮かべて、はい、と頷いた。
「登山中、落石事故に遭い……五年前、この子とともに死んでいます。なにせ貧乏な家なので、両親を蘇生させるための費用は出せませんでした」
山に妖怪が出るから行ってはいけない、という迷信は、これが由来だなとハヤテは確信した。チヨの動きを封じるためではなく、チヨを守るためのものだったのだ。
「兄と
叔父はハヤテの手をしっかりと握って、二、三回振った。蘇生された死者を「生きている」と表現するのが気味悪いのは、自分だけだろうか。そんなことをハヤテは感じていた。
「おじちゃんたち、ひみつの話終わった?」
ハヤテの背後からチヨがこちらを伺ってくる。叔父は慌てた様子で、ああ、終わったよ、と答えた。
「ハヤテ、何の話したの?」
「今日の献立の話だ」
ハヤテがすんなり嘘をつくと、チヨは疑う様子もなく食いついてくる。
「ほんと? おじちゃん今日のご飯何だって言ってた?」
「ははは、さあどうだったか。チヨ、それよりもサブローの飼い主を探しに行かなくていいのか?」
「あ、そうだった! そうだね、早く探しに行かないと」
口先ひとつでころころと表情を変えるチヨが滑稽で、いつまでも話していたくなる。
しかしそういう訳にもいかない。死者蘇生には時間制限がある。二十四時間を過ぎたころから、確実性が格段に落ちてくるのだ。
「君たちはサブローの飼い主について何か知っているか?」
ハヤテはチヨの家を離れる前に、叔父と姉に対してそう尋ねた。叔父は首をひねったが、姉は自信なさげに情報を口にした。
「えっと……いつも西の方から来てる気がします。だから多分飼い主さんも西の方だと思います」
曖昧なことですみません、と姉は頭を下げる。
「うん、たしかに曖昧だが。調べる方面が半分になったのはありがたい」
ハヤテがフォローすると、姉はこわばった表情を少し緩めた。
「じゃ、西の方に向かって調べるか」
「うん。おじちゃん、お姉、いってきまーす」
チヨは元気に手を振って、西の方へ歩きだした。
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